5.経済学者の法則
10歳になった。
現在、小学四年生だ。
ここ数年は、ひたすら遊んで踊って泳いで、おまけに妹を担いで移動してという日々だったが今年から変化があった。
スポーツ少年団に所属できる様になり放課後に2時間程度、毎日サッカーをする様になったのだ。
「くそ、また鴎賀かよ!」
「止めろ止めろ!」
現在、上級生に混じって紅白戦の真っ最中。
サイドバックから一気駆け上がりパスを受け、中央にクロス……お、決めてくれたな。これで本日二つ目のアシストだ。
「くそ、お前足速いな」
悔しげにいうのは、先ほど俺にスピード負けしてちぎられた大柄の六年生。しかし彼、別に身体能力が低いわけではない。むしろ、体格に恵まれている分現時点の俺よりもずっと上だろう。
なのに何故俺の方が速いかと言うと『スプリントの技術』において彼と俺の間に明確な差があるからだ。
短距離を速く走る能力は色んなスポーツで大きなアドバンテージとなるが、意外と『走り方』を正しく教えられるスポーツ指導者って少なかったりする。それはきっと、走るだけなら教えなくても誰でもできるようになっちゃうからだろう。
しかし『走る』のは誰でもできるが、長距離を効率的に走る『ランニング』と短距離を効率的に走る『スプリント』では技術体系がまるで異なる。テニスと卓球くらいには別物だ。
そして、『スプリント』に使う技術と神経回路は、正しい知識とトレーニングなしにはなかなか獲得できない。
例えば、アニメなんかで走るのが速いキャラクターを描写する際『地面が割れるほど強く踏み込み、そのまま後ろに大きく流れる脚』という映像がよく流れるが、あれは大きな誤解である。
もしスプリントの技術のさわりの部分を簡単に体験したいなら、『気をつけ』の姿勢からどんどん重心を前に倒して見てほしい。
多分、どこかのタイミングで片足が反射的に前に出るはずだ。で、そのまま身体を前に倒し続けると、転ばない様にどんどん足が前に出ていく。そこに、地面を強く踏む力は必要ない。
それに、地球には重力があるのだから脚という重量のある物を高速で回転させる場合、下ろす時よりも上げる時の方がずっと大変に決まっているのだ。なので、速く走るために必要なのは踏み込む力ではなく、脚を斜め前上に素早く引き上げるための股関節の力と地面からの反力を活用して弾むアキレス腱のバネである。
という事で、今はそんなスプリントの技術をベースにサッカーを楽しんでいる。また、色んなフェイントやキックの練習を通して下半身への神経回路も発達させている最中だ。
やっぱり、ゲーム性があったり活躍できる方が楽しくてトレーニングをやる気も出るもんな。
ん?なんでサッカーを選択したんだって?
ウチの学校、田舎で人数が少ないからスポーツ少年団はサッカーしかやってないんだよ。
でも、たとえスポーツ少年団に野球があっても現時点では別のスポーツを選択していたと思う。何故ならこの時代、殆どの少年野球チームは効率の悪い事をやっていたから。ちなみに一度近くにあったリトルリーグチームを見学した時もそんな感じだった。
『パレードの法則』というのをご存知だろうか。
イタリア経済学者が発見したもので、簡単に説明すると『多くの場面において、結果の八割は全体の僅か二割の要素から生み出されている』というものだ。
これはおそらく野球にも適応される。
チームスポーツといわれる野球だが、ぶっちゃけ『投手が打ちにくい球を投げれる』とか、『打者がかっ飛ばせる』という個人技で試合の八割は決まってしまうのだ。
『投手力が試合結果の八割を決める』なんて格言もあるし、野手がレギュラーになれるかも八割型が打力で決まる。
なのに、少年野球って、全体練習とかそれ以外の練習に割く時間がかなり多いんだよな。それに練習中の待ち時間も長く、スキル習得への効率も悪い。
加えて言えば、この時代に蔓延っていた勝利至上主義にも賛同できない。故障リスクを承知でエースに連投させたり、打力が低い選手には四球狙いでバットを振らせなかったり、バントさせたりね。
なんならレギュラー陣以外は殆ど打撃練習が出来ないようなチームすらある。今日の試合を勝つ事だけ考えて子供の将来をまるで見据えていない、酷い話だ。
なので、小学生のうちは運動量の多い別のスポーツで身体を鍛え基礎体力を向上させつつ、自主練習で『投げる』と『打つ』の個人技だけ磨きまくることにした。具体的には、スポーツ少年団の練習開始前と休息時間にひたすら壁当てを行い、家でバットを振りまくる。
「よし、二十分休憩。」
「はい!」
「大賀は休憩時間の方が元気だな。たまには休め」
監督を勤める体育教師が苦笑しているが、そういう訳には行かない。中学では野球部に入りそこでエースを狙う予定だが、同期に一人、凄い奴がいるのだ。
前世、そいつがチームのエースだったんだけど、圧倒的な大黒柱として活躍し甲子園に出る様な名門校からスカウトされるレベルの選手だった。
それを上回るためには、今のうちに同世代より頭三つ分は抜きん出た『投げる能力』を身につけておく必要がある。
低学年のうちに身体の負担が少ない軽いゴムボールで練習し、色んなフォームで色んな変化球を操るための神経回路は作れた。草ソフトボールに行った時に球場のブルペンを借りて投手をやる上で必須の『傾斜のあるマウンドから投げる』練習も行っている。
だから、これから小学校を卒業するまでの三年間、平日は球速を上げることにフォーカスした個人練習だ。もちろん、肩肘に投球障害の兆候が出ないかは十分注意しながらね。
ちなみに、この休息時間の壁当てはサッカーボールで行っている。
ポイントは助走をつけて、大きく強くドン!だ。
野球ボールより大きく重いものを投げる事は手先に頼らずに身体全体を使ってパワーを出すいい練習になる。これは、かつて投球後の肘痛に悩むある日本人投手が練習に取り入れた『槍投げトレーニング』を参考にしたものだ。ちなみに当初は否定的な意見も多かったらしい。
だが、その選手はやり投げ練習を通して、身体全体を連動させつつ体幹部分を大きくしならせる投球メカニズムを獲得。肘の負担を軽減しながらさらに球速を上げる事に成功し、やがてワールドシリーズMVPに輝いた。
もちろん投球動作というのは複雑怪奇なメカニズムなので、投げ方もトレーニングも正解が一つではない。
メジャーリーガーを見ていると個性的な投げ方の投手が多いが、あれはおそらく『より強いボールを高い精度で投げるには』という結果にフォーカスしたところから逆算し、己の身体的特徴に合った投げ方を突き詰めた結果だ。
だから俺も俺個人の身体的特徴に合致したフォームを探って突き詰めている最中だ。
ただし、生前の自分と同じ日本人であり身体のサイズも近かった大投手の投球フォームやトレーニング理論は参考になる点が多いはず。
この様に現在俺は、同世代の誰よりも効果的なトレーニングを行いつつ、クールダウンや栄養補給や睡眠などで良質なリカバリーを繰り返しているという自負がある。特に睡眠に関しては、細かくデータを取りながら自分にとってベストなものを探っている最中だ。
三年後、どの様な結果がでているのか今から楽しみだ。
少年野球も、もっとエゴイスト的なのがあっていいと思うんですよ




