7話 オオカミ少年と放課後デート
とある昼休み。俺が白百合と生徒会同士の話し合いを終え、教室へ帰ろうとしていた時のことだった。
「お兄ちゃん、いたぁ!」
「ん? おお、稲穂か」
「大上妹か。久しいな」
「白百合先輩、おひさです!」
昼でも元気いっぱいの大上稲穂。口元に涎跡がついてる辺り、恐らく授業中は背もたれにもたれ掛かって船を漕いでいたのだろう。とりあえず眠気覚ましのデコピンを入れといてやる。
「いったぁ!? お兄ちゃん痛い!」
「絶対授業中寝てただろ。口元に涎が付いてんぞ」
「え!? や、やだなぁ……お昼ご飯食べてる時に付いただけだよぉ」
「嘘下手だな。目が泳いでんぞ」
「うっ……お兄ちゃん鋭すぎ」
お前が分かりやすすぎるだけだが?
そもそも稲穂のだらしなさは折り紙つきだ。夜もスマホばかり触って、部屋の電気を消さずに寝落ち。翌朝になってスマホの充電が足りず焦るのがお約束なのだから、いい加減学んでほしい。
「ふふっ。相変わらず仲がいいようで羨ましいよ」
「そうなのです! 大上兄妹は仲がいいのです! だからお兄ちゃん? スマホの充電器貸して?」
「お前また充電し忘れか……? ……ケーブルでいいか?」
「ケーブルだけじゃ充電出来ないよ! モバイルバッテリーも貸して!」
この妹は本当に……。俺はため息を吐いて胸ポケットに入れていたバッテリーを渡す。それを嬉々として受け取った稲穂はピョンピョンと兎のように飛び跳ねた。
「ありがとうお兄ちゃん愛してる!」
「はいはい……午後の授業は寝るなよ」
「あー……うん!」
「寝るなよ?」
「うん!」
釈然としないが……まぁいいや。どうせ稲穂の隣には森ノ宮がいるのだ。いざとなったらアイツが起こすだろう。
「森ノ宮には感謝しろよ」
「それは本当にうん! あ、そうだ。朱音ちゃんで思い出した」
「森ノ宮で思い出すことがあんのか。まじか」
「大上くん、彼女のことかなり怖がってるよな」
「そんなことはない。怖がってるって話なら、寧ろ白百合の方が……痛い痛い肩を握るな、やめてくれ白百合会長ぅぅぅうう!?」
ぎゅーっ、と。こんな可愛い効果音だったか甚だ疑問が残るが、少なくとも今日一日消えることのない紅葉模様が俺の肩に付いたところで、ケラケラと笑っていた稲穂が切り出した。
「お兄ちゃん、今日デートしよう!」
「「……は?」」
その疑問符は、俺だけでなく白百合の口からも出た。
ーーー
時刻は夕方に差し掛かり、カラスも鳴き始める頃。
俺は稲穂と一緒に、地域最大のアウトレットモールに赴いていた。
とはいえお金があるのか、と言われれば兄妹どちらもそんなことはなく、俗に言うウィンドウショッピングと言われる行為をしていた。
しかしこの時の俺の頭には、いくつかの疑問符が浮かんでいる。そのせいで折角の妹とのデートも、純粋に楽しめずにいた。
「……兄妹で街ぶらすんのはいいけどさ」
「うん、どうしたのお兄ちゃん?」
「なんで、森ノ宮もいるの?」
「……それはわたしが聞きたいんですけど」
このデートの疑問点その一。なぜ森ノ宮朱音がいる?
兄妹で放課後デート、というお題目じゃなかったのか。せめて当初の目的くらいは覚えていてくれ妹よ。
「いやー、一度行ってみたかったんだよね、お兄ちゃんと朱音ちゃんと街遊び!」
「あ、そう……もう何でもいいや」
「先輩、諦めるのが早いです」
森ノ宮に文句を言われるが、残念だったな。俺は十六年間分の諦観だ。もはや妹が、どんな突飛なことをしようが、それを外敵から守るのが俺の仕事なまである。この街ぶらに誘われた時から諦めてんだよ。
そんでもう一個の疑問符はと言えば……
「あ、白百合先輩! これ白百合先輩に似合いそうですよ!」
「む? そうか? 私に……こんなフリフリな服が?」
「アイツ……なんで稲穂に付いていけてんの?」
「わかりません……生徒会長だからじゃないですか?」
「生徒会長って、すげぇ……」
疑問その二。白百合は何故順応できている?
アイツ、多分俺や森ノ宮より稲穂について知らないはずなのに、稲穂の言動や一挙手一投足に付いて行っている。割と完璧超人みたいな振る舞いをしていたから、それ相応の尊敬を向けてきた自覚があるが、今日のこれで今以上の尊敬を向けてしまいそうだ。
「どうした大上兄。疲れているのか? 運動が足りないぞ、今度私の練習に付き合わせてやろうか?」
「殺す気か? お前の体力に、俺が付いていけるとでも?」
「安心しろ、こまめな休憩はいれるとも。そうだな……三時間に一回はどうだ?」
「殺す気だな。誰が行くかそんな殺人稽古」
全国大会出場者の稽古事とか、一般人からしたら雲の上の大乱闘なんだよ。俺だったら一時間もせずにへばる気がする。
「てか、なんでお前もいるの?」
「愚問だな。大上妹に誘われたからだ」
「だから何で誘われてんだよ。お前、そんなに稲穂と仲良かったっけ?」
「その問いは大上妹にしてほしい。私は誘われただけだ」
そうか。じゃあノリだな、これ。稲穂はその場のノリで物事を決める節がある。行き当たりばったりな最近の若者感があるが、まさにその感覚なのだろう。
「ねぇお兄ちゃん! これ買って!」
「どれだ……むりむり。なんだ一万の服って。ウニクロにしなさい」
「えー、これがいいもん。お兄ちゃんは可愛い服着てる稲穂見たくない……?」
「イエスかノーかで言ったら半分だな。買えないが見たい」
「二択の質問に三択目を持ってくるのはズルい!」
「うるせぇココア。コーヒーか麦茶で答えろ」
兄妹でわちゃわちゃとしていると、森ノ宮が詰まっていた息を吐き出すように言う。
「あの……少し、そこのベンチで休んでもいいですか?」
「ああ。無理はするな、森ノ宮。大上兄妹、森ノ宮は私が見ているから、君達は見てきてもいいぞ」
白百合が森ノ宮を気遣うように言うと、森ノ宮は白百合から距離を取るように一歩下がった。
「白百合会長も、見てきてください……」
「うん? 私は別に構わないぞ?」
「いえ、わたしは本当に大丈夫、なので……」
気丈に振る舞っているが、明らかに疲弊している。しかしこれ以上の干渉は、余計に彼女のプライドを刺激してしまうと考えたのだろう。白百合は一歩こちらに近づいた。
「そうか。だが無理はするなよ。森ノ宮が欠けると、生徒会の業務に差し支えがあるからな」
「……はい。用心します」
そう言う森ノ宮の声は、微かに震えていた。
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