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6話 オオカミ少年と恋愛講座

 大量の牛が闊歩するサーキット。

 スコップを持ったモグラの親分や誰かが捨てたバナナの皮を避けながら、一台のスポーツカーが疾走する。?マークの箱を割り、右上の丸枠の中に現れた青い甲羅を見て、俺はニヤリと口角を上げた。


「ねぇ、お兄ちゃん」

「なんだ稲穂。お兄ちゃん、見ての通り今忙しいんだけど。……あ、クソ赤甲羅来た。裏はないし、受けるしかないか……!」

「ゲームしてるだけじゃん! ねぇそんなことより、聞いてよお兄ちゃん!」


 うるさい、耳元で叫ぶな妹よ。鼓膜が破れたらどうすんだ。

 仕方なく俺はポーズボタンを押し、話を聞く体勢に入った。


「なんだどうした。服の良し悪しを聞かれても、俺はファッションには疎いぞ」

「知ってるよそんなの。それより、これ見て欲しいんだけど」

「あ?」


 稲穂が見せてきたスマホの画面には、森ノ宮とのLANEのトークが開かれていた。


「森ノ宮がどうした?」

「絶対左上見ただけじゃん……内容も見てよ!」

「いや女子のLANEの内容を見るなんてそんな……」

「うわなんかお兄ちゃんキショい……じゃなくて!」


 はいはい見ればいいんだろ。だからスマホをぶんぶん振り回すな危ない。

 振り回されるスマホを静止して、差し出されたLANEの内容を見る。




『今日、また助けられちゃった……』

『朱音ちゃんは生徒会に入ったばっかだし、大丈夫だよ! むしろウチの兄なら酷使しちゃっていいから!』

『いいのかな……私、頼りなく思われてないかな?』

『だいじょーぶ! 生徒会の人達はみんな優しい人達だよ!』

『お兄さん、優しい人だもんね……うん、私頑張ってみる!』




 ……人違くない?

 本当にあの森ノ宮が打ち込んでるの? 嘘だろ、絶対別人じゃんこんなの。


「おう……森ノ宮って、スマホの中ではこんな感じなのか」

「可愛いでしょ? ……じゃなくて! 何をしたの!?」

「だから何がだよ……」


 稲穂の言いたいことが理解できず、俺は疑問符を浮かべるばかりだ。

 答えのわからない俺に対し、痺れを切らした稲穂が怒号のような声を上げて言う。


「生徒会の人達、って言ったのに、朱音ちゃんはずっとお兄ちゃんのことしか言ってないじゃん! これは完全に脈ありじゃん!」

「は? 深読みしすぎだろ。そもそも俺と森ノ宮の間には毒しかないぞ。ラブロマンスなんて欠片もないからな。ただの勘違いだ」

「いーや稲穂は思うのです! 女の子が男の子の名前を出す時は、少なからずその男の子を意識しているのだと! つまりお兄ちゃんは朱音ちゃんとラブるべき!」


 ラブるってなんだよ。初めて聞いたわその動詞。

 ToLOVEる、なら知ってるんですけどね。俺が某週間少年雑誌を読み始める前に連載終了してたけど……当時の反響、すごかったんだろうなぁ。


「お兄ちゃん、ToLOVEる読んでる暇はないよ。時代は進んでいるのです」

「うるせえ。今の恋愛漫画は、展開が難解すぎて俺には早いんだよ」

「お兄ちゃん、女心に鈍いからねぇ。いいでしょう、稲穂が教えてあげる!」

「は? いや別にいらないんだけど……」

「大上稲穂の恋愛講座〜! はいパチパチ〜」


 何処から取り出したのか、白衣を着てメガネを装着した稲穂が、スケッチブックをフリップ代わりにして、紙芝居をし始めた。


「第一講! 女子同士の会話内での、第三者に向けた『優しい』とは、意識の表れ!」

「社交辞令だろ。特に森ノ宮はそういうの厳し……」

「じゃあお兄ちゃんは朱音ちゃんに『優しいですね』なんて言われたことはありますかっ! はい答えて!」

「……ない、けど」

「じゃあそれが意識の裏返しなんだよお兄ちゃん。面と向かって言わず、稲穂にだけ言ってくるのは、そう……照れ隠し!」


 いやそんなことないと思うけど。

 だいたい毒舌が返ってくるしなぁ。そもそも俺、女子に褒められたことなんてないのでは? 無論、母も含む。「稲穂はすごいね〜」は何度も聞いたことあるが「真はすごいね〜」は聞いたことないかもしれない。


「はい第二講! グループから人名を抜いて答えるのは、好意の表れ!」

「……俺の妹、つまりお前が相手のトークだからでは?」

「ちっちっちっ、甘いよお兄ちゃん。ココアより甘い……」

「あ、そういえば買ってきたぞココア」

「まじで!? お兄ちゃん愛してる!」


 そう言って冷蔵庫に走る稲穂は、アイスココアのパックを見つけると、すぐさま自分のコップに注いでぐいっと飲み干す。


「ふはぁ……砂糖とカフェインが体に染み渡る……」

「で? この講座はいつまで続くんだ?」

「第二講で終わりだよ?」

「案外、内容薄いのな……」


 ケロリとした顔で言う稲穂に、俺はこめかみを押さえてため息をつく。


「お兄ちゃん、そもそも朱音ちゃん……森ノ宮朱音が、特定の誰かを信用する性格に思える?」

「いや、むしろ人間嫌いで、何でもかんでも自分でやろうとするんだろうな、とは思ってるが」

「その朱音ちゃんが、稲穂とのLANEとはいえ()()だよ?」


 バン、とスケッチブックを叩くが、もちろん何も書かれていない。いったい何が見えているんだ、妹よ……


 意気揚々と語る稲穂の口は、まだ止まらない。


「これ見て口角を上げない稲穂はいないよ!」

「そりゃお前以外に稲穂はいないだろ……」

「え? 稲穂専属の兄ってこと!?」

「論理が飛び過ぎててわかりづらいが……まぁ、俺は稲穂専属のお兄ちゃんだからなー」

「きゃーっ、お兄ちゃんキモーい!」


 黄色い悲鳴を叫んで罵倒する稲穂。

 絶対言いたかっただけじゃんそれ。お兄ちゃんで試さないで貰えます? いやお兄ちゃんは俺しかいないんだけど。



 ……しかし、森ノ宮が俺を?


『さようなら、オオカミ先輩』


 ある、のか? いやまさかそんな……ううーん、本当に? 明日、さりげなく聞いてみるとか、するべきか?


『どうせすぐに、彼女持ちの大変さを実感することになるさ』


 そういうことなのか、池町。お前はこれを読んでいたのか?


 よし、明日、聞いてみよう。

 間違っているなら、それでもいい。

 何かが変わるなら、それも悪くない。


 俺はきっと、変化を欲しているのかもしれない――




ーーー



「おはようございます、オオカミ先輩」

「もうまた〜。おおがみ、だよ、朱音ちゃん」


 ――うん、ないわこれ。

 ないない。絶対ない。


 俺は学校で別れるまで、森ノ宮から侮蔑的な視線を感じ続けることになるのだった。



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