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14話 オオカミ少年は嘘をつく

「おい稲穂ー? 置いてくぞー」

「待ってお兄ちゃん! いま行くから!」


 翌朝。

 俺はいつも通り、稲穂を荷台に乗せて通学路を自転車で疾走する。朝の空気はまだ冷たく、ペダルを漕ぐ足に風が纏わりついた。


 変わり映えのない日常。けれど、心はどこか浮き足立っている気がした。やっぱり昨日の件が原因かなぁ。


「ね〜ぇ、お兄ちゃん。あの後どうなったのさ?」

「さてな〜?」

「恋のAまではいった? あ、それともB?」

「行ってない行ってない。そもそも付き合ってない」

「うっそだぁ〜」


 昨夜からこの調子である。しかも今はチャリンコの上。質問責めは勘弁してほしい。


「稲穂こそ、どうなんだよ。お前は可愛いんだから、作ろうと思えば彼氏くらい作れるだろ?」


 もちろん出来次第、速攻で潰しに掛かるけど。


「え、お兄ちゃん今可愛いって言った!?」

「言った言った。稲穂は可愛いなー」

「稲穂が可愛いのは当たり前だけど、ありがとうお兄ちゃん!」


 自信がすごい。我が妹ながら、本当に将来が心配になる。


「でもま、お兄ちゃんが安定してから、かなぁ。それまで稲穂は誰とも付き合わないのです」

「おー、奇遇だな。お兄ちゃんも同じこと思ってた」

「えー!? お兄ちゃん、せっかく朱音ちゃんと良い感じになってるじゃん! 早く付き合ってよ!」

「おいこら揺らすな。振り落とすぞ」

「きゃーっ!? 危ないお兄ちゃん危ない!」


 ぐいーっと体を仰け反らせると、俺の体にしがみ付いている稲穂は後ろに倒されていき、自転車から落ちそうになったところでバランスを戻した。


「あっぶなぁ……」

「これに懲りたら、運転中にちょっかい出すのはやめとけ」

「うーむ、してやられた感あるなぁ……」


 文句は聞かないことにする。運転に集中しようと前を向き、ペダルを踏む足に力を入れようとした瞬間。


 風切り音に掻き消されるほどの小さな声が、耳の奥をかすめた。


「……ま、お兄ちゃんが幸せなら、わたしはそれでいいよ」

「あ? 声ちっさくて聞こえないんだけどー?」

「なにがー? 稲穂なにも言ってないよー?」



ーーー



「朱音ちゃーん! おっはよー!」

「稲穂ちゃん、おはよう」


 稲穂が荷台から降りて、真っ先に向かったのは朱音だった。

 俺はそれを遠巻きに見つつ、駐輪場に向かうために離れようとしたところ。


「先輩」


 振り返ると、朝日に照らされながら笑う朱音の姿があった。


「おはようございます」


 どこか一段と可愛く見えるのは、眩しさに目が慣れきっていないせいだろう、ということにする。


「……おう。先に行っててくれ」

「いえ、お供しますよ? 稲穂ちゃんにも、そう言われたので」

「は?」


 その元凶を見ると、悪魔の羽と尻尾を生やした小悪魔が、悪い笑いを浮かべて此方に手を振っていた。


「……アイツめ」

「わたしとしては好都合です。先輩は恥ずかしがり屋だから、自分から仕掛けた方がいいよ、と」

「余計なことをしやがって……」

「積極的な女の子は嫌いですか?」


 ……稲穂という前例がある以上、これを否定するのは少し違う。本当に余計なことを……!


「沈黙は是なり、です。では、わたしもお供しますね」

「はいはい、お好きにどうぞ」


 そう言って先を歩く。時々背後を振り返りながら、朱音が付いてきているかを確認する。


 と、歩いていると、背後の朱音が一歩俺の前に出て言った。


「――色々文句は垂れてますけど、なんだかんだ心配してくれるんですね」

「当たり前だろ。お前は、その……大切な後輩だからな」

「そこは大切な人、と言って欲しかったですが。まぁ、及第点にしておきましょうか」

「採点されてんだ、これ……」


 いつになったら満点取れるのかしら……?


「あ、ちなみに満点はずっと上げる気はありませんよ?」

「なんでだよ。努力には応えてくれよ」

「だって、満点を上げたら終わっちゃうじゃないですか」


 ふっと笑う朱音に、完全に不意を突かれた。卑怯だろ、今のは。

 頭の中が白くなっていくのを自覚しながら、俺は精一杯の言葉を捻り出す。


「……カラオケでも、最低60点はくれるぞ」

「逆に言えば、それ最低点ですよね。嬉しいですか?」

「点数がないよりは、断然マシだな。ただ、最近はそんなんばっかでな。特別感が薄れて、カラオケには行かなくなった」


 点を貰えないカラオケには行かない。そもそもカラオケに行かないまである。歌なんて風呂場で歌えばいい。


「なるほど。先輩はカラオケに行かない、と……」

「待って今何をインプットした? ちょっと怖いから、今まで覚えたもんを吐きなさい」

「先輩の好み、ちょっとずつ覚えてるんです。わたしも、先輩にとっての“いい女”になる努力……してるんですよ?」


 パチ、と愛らしいウインクをする朱音に、俺はすっかり黙らされた。


「……すっかり手玉に取られてる気がする」

「はい。手の上でコロコロしてます」

「これから先、不安だなぁ……」

「安心してください。何があっても、わたしが一緒にいますから」


 ……不安にさせてる人が言ってもなぁ。


 と、そんなやり取りをしていると。

 いつも通り、駐輪場に後ろから声を掛けてくる影が一つ。


「おはよう、大上」

「おう、池町。おはよう」

「おはようございます、池町先輩」


 いつも通りではない第三者の声に、池町は驚いた声音で返した。


「あれ、森ノ宮さんもいるのか」

「はい。先輩に付いてきました」

「勝手に付いてこられました」


 はいそこ、頰を膨らませて怒っても、事実はは変わらないからな。ほら、むーっとしない。


「……先輩ひどいです。わたしを都合のいい女にして、そんな簡単に見捨てるんですね……」

「語弊しかない言い方やめてね?」

「大上、お前……」

「はいそこ池町。悪ノリするな、俺が疲れる」


 ヨヨヨ、と泣き崩れる朱音と、それに追従する池町で、俺の疲労は倍化している。朝から疲れるのはごめんだ。


「しっかし、お二人さん仲良いな。付き合ってんのか?」


 そう池町に問われ、朱音が即答する。


「はい!」

「嘘をつくな」

「先輩、既成事実ってご存知ですか?」

「作るな、んなもん」


 危ない危ない、

 一番やっちゃダメだろそれ。


「じゃあ付き合う気はあんのか? あ、森ノ宮さんは聞いたから、大上の口から聞きたい」

「あ、わたしも聞きたいです」


 君が聞くのが一番ダメでしょ。

 それ言ったら終わりじゃんか。


「……そうだな……まぁ、」




 過去の俺なら、ここで恋愛なんて非日常だと、冷笑したことだろう。


 夢見た異世界にいくために。剣を振るう練習をした。ファンタジーのお姫様と仲良くなる練習もした。


 だから、俺はリアリズムに生きようと決めた。

 現実を見て、現実に生き、今起こっていることだけを考えよう。そう、思っていたのだ。




 ――今は、どうだ?


 誰かのために努力をして、ぶつかり合った。


 その結果、可愛らしい後輩に好意を寄せられて――


 それを自分の“現実”だと思える日が来たとしたら?


 俺は好奇の目を向けてくる朱音に視線を返し、目を少し泳がせてから言った。



「――ねぇよ」


 嘘か真か。

 その真意を知る者は、未来の彼らだけになった。




      【オオカミ少年は嘘をつく】

            fin

拙作【オオカミ少年は嘘をつく】は、ここで最終回とさせて頂きます。


ここまでのご愛読、誠にありがとうございました。

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