ep 7
『ブレイブ勇機!鬼神龍魔呂伝』
第三話:兎の隠れ家
帝国軍の第二波を退けた後、たつまろはルミナス姫とラビークを促し、ひとまず戦闘現場から離れて森の奥深くへと移動した。ラビークはその巨体を持て余し気味だったが、搭載されたステルス機能とたつまろの指示で、巧みに木々の間にその白い機体を隠す。
三者の間には、重く、気まずい沈黙が流れていた。ルミナスは、先ほどの男の言葉――「ダンスの相手は、上手い方が良いだろう?」――の意味を反芻しては、悔しさと戸惑いで唇を噛んでいた。ラビークのAIは、マスターと認めた男の圧倒的な強さに興奮冷めやらぬ一方で、本来の主である姫への申し訳なさからか、センサーアイの光を弱く明滅させている。
たつまろは、そんな二人の様子を気にするでもなく、懐からガジェットに渡された最新型のスマホを取り出した。数年ぶりに触れる文明の利器は、まだ少し手に馴染まない。何度か画面をタップし、ようやく通信アプリ(ガジェットがプリインストールしていたものだろう)を起動させると、唯一登録されていた連絡先を呼び出した。
数コールもしないうちに、画面にやや眠そうな、しかしどこか小ざっぱりとした(結婚効果だろうか?)ガジェットの顔が映し出された。背景は相変わらず、雑然とした研究室のようだ。
『やあ、たつまろ! 早速連絡くれるなんて珍しいね! そのスマシホ、ちゃんと使えてる? って、あれ、君、今どこ? なんか背景がすごい森の中だけど…まさかもう壊したとか言わないだろうね!?』
ガジェットはいつもの早口でまくし立てる。
「……壊してはいない」たつまろは短く答えた。「それより、少し厄介なことになった」
『厄介事? 君が? あのたつまろが厄介事なんて、それこそ天変地異の前触れじゃ…』言いかけて、ガジェットは画面の隅に映り込んだ(あるいはたつまろの背後に気配を感じ取った)ものに気づき、言葉を失った。『……え? たつまろ、君の後ろにいるのって…もしかして、女の子? それも、なんかすごい…ファンシーな服着てない? え、コスプレ? いや、待てよ、さっき世界各地の観測データに異常なエネルギー反応があったんだけど、まさか…』
「空から降ってきた。姫様と、あの白い兎――ロボットだ」たつまろは、ラビークの方へ顎をしゃくった。「追われてるらしい。黒いロボットにな」
『……は? 空から? 姫様? ロボット!? しかも追われてる!? えっ、ええええーーーーっ!?』
ガジェットは椅子から転げ落ちそうなほど驚き、目を丸くした。
『ちょ、ちょっと待って、詳しく聞かせて! どこの星の姫様!? ロボットのスペックは!? 追手はどこの所属!? まさかヴァ…』
ガジェットは何かを言いかけて、慌てて自分の口を塞いだ。そして、深刻な顔つきでキーボードを叩き始める。
『…いや、待て。僕が調べた方が早い。君がいる場所の座標は…うん、特定した。周辺の監視カメラ映像と衛星データを解析…ああ、やっぱりだ! さっきの異常エネルギー反応、間違いない! これは…まずいよ、たつまろ!』
画面越しのガジェットの顔色が変わる。
『君たちが遭遇したのは、おそらくヴァルハラ星間帝国の尖兵だ! あの連中はヤバい! 超ヤバい! 星ごと潰して属国にするような連中だよ! しかも、追われてるってことは、そのお姫様かロボット、あるいは両方に相当な価値があるってことだ!』
「だろうな」たつまろは他人事のように相槌を打つ。「それで? 何か隠れる場所はないのか。こいつらを連れてうろつくのは目立つ」
『隠れ家…隠れ家か…うん、ある! とっておきの場所がね!』
ガジェットは、少し得意げな顔で頷いた。
『君たちが今いる場所から南西に約50キロ。古い鉱山跡があるんだけど、その地下深くに、僕が昔使ってた(そして今は放置してる)秘密のシェルターがあるんだ。入り口は巧妙に偽装してあるし、内部の設備も(ちょっと古いけど)最低限の生活と、ロボットの整備くらいならできるはずだ!』
彼は手元の端末を操作し、たつまろのスマホに地図データとアクセスコードを送った。
『場所はこれで分かるね? 入り口のセキュリティは今、僕が遠隔で解除しておく。内部の電源とかも再起動させておくから。ただし! 奥さんには絶対内緒だからね!? バレたら僕が大変なことになるから! いいね!?』
最後は小声で付け加える。尻に敷かれている彼の日常が垣間見えた。
「分かった」たつまろは短く応じ、通信を切った。そして、不安げな顔で見つめてくるルミナスと、センサーアイを瞬かせるラビークに向き直る。
「行くぞ。当面の隠れ家が見つかった」
有無を言わせぬその言葉に、ルミナスは小さく頷くしかなかった。たつまろはバイクに跨り、ラビークはステルスモードを起動させ、巨体を周囲の景色に溶け込ませる。
三者(と一機)の奇妙な共同生活が、日本の地下深くで始まろうとしていた。
第三話 冒頭 完