ep 6
『ブレイブ勇機!鬼神龍魔呂伝』
第二話:兎と鬼神と姫君と(続き)
「返しなさいって言ってるでしょ!」
ルミナス姫は、なおも食い下がった。故郷から唯一持ち出せた大切な相棒ラビークを、見ず知らずの乱暴な男に勝手に使われたのだ。プライドの高い彼女にとって、それは到底許せることではなかった。たとえ、結果的に助けられたのだとしても。
「……」
たつまろは、そんな彼女の剣幕にも眉一つ動かさず、黙ってラビークの機体を見回していた。先ほどの戦闘で受けた傷を確認しているようだ。彼の指が、ヴォルフ・イェーガーのビームが掠めた装甲部分に触れる。
「聞いているの!? あなたのおかげでラビークが傷つい…」
「うるさいな」
たつまろは、姫の言葉を遮った。そして、空を指差す。
「アレが、これで終わりだと思うか?」
「え…?」
ルミナスは、たつまろの視線を追って空を見上げた。今は静かだが、先ほどまで黒いロボットたちが飛び交っていた空だ。
「そ、それは…」
追手がこれで諦めるとは到底思えない。母艦を失い、ラビークだけで逃げている自分たちを、ヴァルハラ星間帝国が見逃すはずがない。
「お前を追ってきた連中だろ。またすぐに来る。次もそこの白いので追い払える保証はあるのか?」
たつまろの言葉は淡々としていたが、それは否定しようのない事実だった。ラビークは強力だが、帝国の物量にはいずれ限界が来るだろう。しかも、ラビークは本来、戦闘用ではないのだ。
「それに…」たつまろは視線を地上に戻し、周囲の森、そしてその向こうにあるであろう人間の営みに目を向けた。「ここが安全な場所だとも限らんぞ。お前みたいな『空から来た厄介者』を、ここの連中がどう思うか」
「厄介者…!?」
ルミナスは言葉を失った。確かに、自分たちがここに不時着したことで、この星の平和を乱してしまったのかもしれない。地球の人々にとっても、自分たちは招かれざる客、あるいは危険な存在なのかもしれない。故郷を追われ、頼りの母艦も失い、そしてたどり着いたこの星でも、自分は歓迎されない存在…。絶望的な事実に、彼女の瞳が潤む。
『プリンセス…』
ラビークのAIが、心配そうに声をかけた。そして、ゆっくりとたつまろの方へ向き直る。
『マスター…ワタシタチハ…』
そのラビークの言葉を待たず、たつまろは結論を下した。彼は、俯きかけたルミナスに向かって、静かに、しかし有無を言わせぬ響きで告げた。
「決まりだな」
「…え?」
顔を上げたルミナスに、彼は続ける。
「お前は、俺に付いてくるしか無い」
「なっ…!?」
「異論は認めん」
それは命令であり、宣告だった。彼女の意思を問うでもなく、ただ事実として告げられた言葉。反論しようと口を開きかけたルミナスだったが、目の前の男の、全てを見透かすような静かな瞳と、自分たちが置かれた絶望的な状況を前に、言葉を飲み込むしかなかった。
悔しさと、不安と、そしてほんの少しの…安堵? よく分からない感情が、彼女の中で渦巻いていた。
たつまろは、そんな姫の内心など意にも介さず、「行くぞ」とだけ短く言うと、近くに隠していたバイクの方へと歩き出した。残されたラビークは、困ったようにセンサーアイを瞬かせながらも、主と認めた男の後を、そして降ろされたままの本来の主を交互に見比べ、やがて大きな体躯を動かし始めた。
こうして、星から来たお姫様ルミナスと、白い兎ロボット・ラビーク、そして鬼神の過去を持つ男たつまろの、奇妙で、そしておそらくは波乱に満ちた逃避行(あるいは旅)が、日本の山中から始まることになったのだった。
第二話 了