ep 2
『ブレイブ勇機!鬼神龍魔呂伝』
第一話:空から来た厄介事
エンジン音が、緑深い山間の道を切り裂いていく。鬼神龍魔呂――世間では、あるいは彼自身の中ですら忘れ去られようとしている「死を呼ぶ4番」こと、たつまろは、使い古されたバイクに跨り、あてどなく走っていた。
数年に及んだ鬼神流の修行を終え、山を下りて数日。世界の様相は、彼が山に籠る前と比べて、どこか騒がしく、そして奇妙に映った。誰もが手にするようになった「スマホ」という小さな板。ガジェットが親切心から最新型をくれたが、たつまろにとっては、風の音や土の匂いの方がよほど多くの情報を与えてくれるように思えた。それでも、旧友の結婚を祝う言葉が、以前よりは素直に口から出た自分に、少しだけ驚きもした。修行は、彼の内なる「鬼」を完全に消し去りはしなかったが、その在り様を、確かに変えつつあったのかもしれない。
(さて…どこへ行くか)
特定の目的はない。ただ、かつてのように破壊と殺戮の衝動に突き動かされる感覚は、今は鳴りを潜めている。風を感じ、流れる景色を見る。それだけのことが、今は妙に新鮮だった。
その時だった。
澄み渡る青空の一点に、不自然な光が走った。太陽光の反射ではない。もっと鋭く、人工的な閃光。そして、遅れて、腹の底に響くような重低音の轟音が、山々にこだました。
(…なんだ?)
たつまろはバイクを停め、空を睨んだ。彼の五感は、常人のそれを遥かに超えている。空気の振動、微かなエネルギーの残滓、そして――尋常ならざる「気配」。それは、彼がかつて戦場で嗅いだことのある、鉄と火薬、そして「死」の匂いに似ていたが、どこか異質だった。
「…面倒な」
短く呟くと、たつまろはバイクの向きを、轟音と気配がした方向へと向けた。アクセルが捻られ、エンジンが咆哮を上げる。彼は、厄介事に自ら首を突っ込む趣味はない。だが、この尋常ならざる気配の正体を確かめずにはいられなかった。本能が、あるいは鬼神流の修行で研ぎ澄まされた何かが、彼を突き動かしていた。
山道を駆け上がり、木々の間を縫うように進む。やがて視界が開けた先――比較的開けた山の斜面で、彼は信じられない光景を目の当たりにした。
土煙を上げ、木々を薙ぎ倒して、白い、巨大な兎の形をした機械が半ば埋まるように倒れている。機体のあちこちからは火花が散り、装甲には生々しい傷跡が見える。そして、その傍らには、金髪の少女が怯えたように座り込み、白い機械を見上げていた。
だが、異常事態はそれだけではなかった。
その白い兎を取り囲むように、複数の黒い異形の機械が展開していたのだ。上空には、翼を広げた漆黒の鳥――カラスを模したようなシャープな機体**【コルヴス・ファントム】が数機旋回し、赤いセンサーアイで地上を監視している。地上では、四足歩行の狼のような、俊敏そうな機体【ヴォルフ・イェーガー】**が複数、連携しながら白い兎に接近し、腕部のクローやビーム兵器で攻撃を仕掛けていた。
「いやっ…! ラビーク!」
少女――ルミナス姫の悲鳴が、戦闘音にかき消されそうになりながら響く。白い兎ロボット「ラビーク」は、その巨体に似合わず、明らかに怯え、防御姿勢を取るばかりで、有効な反撃ができていないように見えた。
(…異星人、か? それに、あの機械…ロボット、というやつか)
ガジェットから話には聞いていたが、実物を見るのは初めてだ。そして、それは明らかに友好的な状況ではなかった。黒いロボットたちの動きには一切の躊躇がなく、白いロボットと少女を完全に「排除」しようとしているのが見て取れた。
たつまろはバイクを隠し、静かにその光景を見つめた。彼の瞳に、かつての冷酷な光が宿りかけた…いや、違う。それは怒りでも、殺意でもない。もっと別の、複雑な感情。
(弱い者いじめ、か…それも、機械相手に、寄ってたかって)
彼の眉間に、深い皺が刻まれた。面倒だ、とは思う。関わるべきではない、とも思う。だが、目の前で繰り広げられる一方的な蹂躙と、少女の悲鳴が、彼の足をその場に縫い付けていた。