9杯目.好きになる瞬間は覚えていない
どうも、ノウミと申します。
まだまだ作品数、話数としては少ないですが、これから皆様の元へ、面白かったと思って頂けるような作品を随時掲載していきますので、楽しみに読んでいただければと思います。
沢山の小説がある中で、沢山の面白い作品がある中で私の作品を読んでいただけた事を“読んでよかった”と思っていただける様にお届けします。
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束の間の休日は、いつも以上に早く終わりを告げる。
また月曜日の朝がやってきた。
でも、今までの僕とは違う。
こんなにも、朝の目覚めが気持ちいいものだとは、感じた事がなかった。
朝のニュース占いが悪かろうと、通勤ラッシュに潰されようとも、出勤時刻にギリギリだったとしても。
今の僕には、何も気にする事はない。
なぜなら、人生はこんなにも楽しくなるのだから。
お付き合いをしたわけでもない、次に会える日にちが決まったわけでもない。
ただ、本庄さんの事が好きだと自覚したのだ。
僕が心の底から好きだと思える人が、初めて出来たのだ、それはとても素敵な、花のような人だ。
今日も一日、仕事を頑張ろう。
頑張って、僕も本城さんとの旅行を考えよう。
電話で話した、まだ予定といえない約束の為に。
今日の仕事には気合いが溢れていた。
昨日の電話が活力となっていたから。
そうしていると昼を過ぎ、睡魔が襲い始めたころ。
メールの着信に目が覚める。
活力が切れるのは早かったそうだ。
画面を見ると、権田社長からのメールだった。
結果がどうなろうと、今の僕には関係ない。
良かろうが悪かろうが、どんと来いだ。
メールを開け、内容を確認する。
「………おっ?」
「おっ?どうした真田?良い事でもあったか?今日はえらく上機嫌だもんな」
「廣瀬…これ、見て」
「なんだ?なんだ?美味い飯屋でも見つけたか?」
廣瀬が隣から顔を覗かせ、パソコンの画面を見る。
同じくメールの内容に驚きを隠せないようだ。
「やったな!真田!おめでとう!!」
事務所の中に大きい声が響き渡る。
刈谷部長が、こちらへ向かって歩いてくる。
「どしたどした?解雇通知でも来たか?はははっ!」
刈谷部長にメールの画面を見せる。
〔今回のご提案ありがとうございます。つきましては、今回のご提案をお願いしたく、改めて今後の段取りなど含めてお話しするお時間をください〕
との事だ、商談が上手く行ったのだ。
初めて案件を取って来れたのだ。
こんなにも人生が華やかになった事はない。
こんなにも嬉しい事が続くとは。
だが、刈谷部長の表情は変わらなかった、
「おめでとう、良くやった。だが、俺の言った事は忘れるなよ」
それだけを言い残すと、席に戻る。
なんだ、取ってこれたのだから良いじゃないか。
過程がどうであれ、結果が良いのだから。
「真田、おめでとう!今晩一緒に飯でもどうよ」
「廣瀬、ありがとう。せっかくだし行こうか」
「おっ…いいね、いつもなら断るくせに!」
「よ、用事がないんだよ…今日は大丈夫」
「なんだー?独身のくせに暇だろ、店は予約しとくから終わったら行こうぜ」
「わかった」
すぐにメールの返信を入力する。
高揚しているのか、間違いが多い。
打っては消して、打っては消してを繰り返しながら文章を作っていく。
初めての一件なのだ、無理もないだろう。
そうして、すぐにアポイントを取り、必要書類も含め、契約書などを作成していく。
和田垣先輩に、書類面はサポートしてもらう。
次のアポイントは、来週の金曜日。
余裕があるので準備に時間をかけられる。
ここまで来たのだ、最後までやり切りたい。
定時を過ぎた頃、同僚達が帰り始める。
僕も先に出る事にする、廣瀬は急な要件が舞い込んできたので少し遅れるそうだ。
店の場所は聞いているので、先に待ってる事にする。
赤提灯の立ち並ぶ、飲み屋街を逸れたとこにあるらしい、よくそんなお店を見つけるものだと思う。
目の前のそれは、まさに隠れ家的な居酒屋だった。
一人でで入るのには勇気がいる。
「予約してるって言ってた…大丈夫…」
中に入ると、客席は一つのテーブルを除き満席だ。
予約している事と、“ひろせ”の名前を伝える。
すると、案内されたのは空いてるテーブルだ。
僕たちが来ることで、店内は満席になるらしい。
人数が揃うまでは、注文を待ってもらう事にした。
忙しい店内は、店員もお客も皆が笑顔で溢れていた。
少し、あの喫茶店を思い出す。
雰囲気は違えど、大人の世界だと感じる部分や、馴染みのお客がお店の雰囲気を作っている所など。
今日は、苦いコーヒーは無く、苦い生ビールを飲む。
そんなところも、似ているのだと思う。
暫くすると、遅れて廣瀬が到着した。
一緒に和田垣先輩も連れて。
「ごめんごめん、遅くなって…和田垣先輩も一緒に帰るところで誘ったんだけど…いいよな?」
「大丈夫、せっかくだしみんなで楽しもう」
2人が席に着くと、お通しが通される。
オクラに鰹節が乗っている、夏にぴったりだ。
生ビールを3つ頼み、運ばれるまで待つ事にする。
机に生ビールが置かれると、それぞれジョッキを片手に乾杯の音頭を取る。
「えーっ、それでは真田!初の案件おめでとう!」
「「「 かんぱーい 」」」
「ありがとうございます」
「おめでとう、最後まで抜かりなくね」
「はい、今日は書類の作成手伝って頂き、ありがとうございました」
「いいの、大丈夫」
そういえば、2人が一緒にいるところをよく見る。
今日も営業から帰ってきたとき、2人が並んでいた。
お互いに忙しいし、持ちつ持たれつの関係だろう。
「お二人の忙しさに比べたら、まだまだです」
「なんのなんの!これからでしょ!」
「うん、大変だと思うけど頑張って」
次々に料理が運ばれて、空のジョッキが交換される。
唐揚げに枝豆、焼き鳥の盛り合わせなど、お酒が進む料理ばかり運ばれてくる。
僕はそうでもないが、2人は酒が好きそう。
一杯の飲み終わるペースが、かなり早い。
テーブルの料理を食べ切り、お酒だけが残る。
お腹も、程よく満たされてきた頃だ。
ポケットが震える、誰かが電話してきたようだ。
スマホを見ると“本城さん”と表示されていた。
お店の外に出て、電話に出ようかと思ったが、もう終わりそうな雰囲気なので我慢する…我慢だ。
「おっ!?なんだ〜?女か?」
「ち、違うよ!友達だよ!」
「確かに、真田くんは女っ気無さそうだもんね」
「確かに!わかる!興味ないっ!て言いそう!」
良い感じに出来上がっている。
この手の話題で絡まれるのは嫌だ。
「そうなんですよ〜…あっ、そろそろ終電近いです」
「マジで?そんな時間?」
「ほんとだね、時間経つの早いね」
「物足りないけど、お開きにしますか…それか、もう一件行きます?」
「いや、ごめんもう限界…これ以上飲めない」
「私も飲み足りないや…行きつけのバーでも行く?」
「おっ!いいっすね!行きましょうよ!」
お会計を済まし、ここでお別れをする。
これ以上付いて行ったら良い事はない。
勇気ある撤退も、時には必要なのだ。
二人に別れを告げ、駅へと向かう。
道中、電話を折り返す事にする。
今夜は電話に出るのが早かった。
すぐに声が聞こえた。
「夜分にすみません、お忙しくなかったですか?」
「こっちは大丈夫だよ〜、飲み終わったとこだね」
「もしかして、酔ってます?」
「んや、酔ってませんー!」
「いいなぁ、お酒ってやつですね、それこそ大人の世界じゃないですか!」
「確かにね〜、今日行った店は隠れ家的な居酒屋さんだったよ、あのレストランみたいに少し大通りを逸れたようない場所にある」
「ずるいですね」
「ずるくないよ!まぁ、美味しかったからずるいと言われても仕方がない」
「あと三年ですからね…」
「ならさ、三年経ったら一緒に行こうよ」
「本当ですか!?約束ですよ!」
「もちろん!忘れてなければね〜…ははっ」
「大丈夫です、私が覚えていますので!」
本城さんとの会話で、酔いが覚めていく。
お酒を飲んでるせいか、心臓も早く動き、顔も熱くなっている。絶対に酒のせいだ…。
「真田さんとの約束が、また増えましたね」
「だね」
「あ、そういえば今日電話したのは…」
「お、まずい…駅に着いた…」
「仕方ないですね、夜も遅いですし」
「また明日にでもかけ直すよ」
「分かりました、待ってます」
「夜にはなると思うけど、必ずかけるから」
「分かりました、それではおやすみなさい」
「あい、おやすみ」
電話を切り、駅のホームへと向かう。
最寄りの駅に着くまでは寝ていた。
扉が閉まる間際でで飛び起き、なんとか降りれた。
駅を出ると、周囲は静まり返っていた。
電車で寝たせいか眩暈がする。
居酒屋に入ってからの記憶が朧げだ。
誰かと話すことが、意外にも心地よく感じた。
今日ばかりは、あの居酒屋にいる間は、歯車が狂いなく噛み合って、同じ時間を刻んでいたと感じる。
明日には、全て忘れてしまうかもしれないが。
それでも、明日の夜には本城さんに電話をする。
その事だけは忘れずにいる、そう確信できる。
9話完読ありがとうございます!
誰かを好きになる瞬間ってあるけど。
それって本気になればなるほど、いつか分からなくなると思っています。
本気なほど、好きになってからの記憶が濃くなりすぎるからなのか、だから口を揃えて「いつの間にか好きになっていた」っていうのかなと思う。
そんな事を考えながら、次話でもお会いしましょう(^^)