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第41話 不確かな記憶

「お願いの先払い?」


――悪しき者ども(ザーティアン)との交戦から数日たって、僕達は日常を取り戻しつつあった。


「別にいいでしょ。リゼだって既にお願いしてるみたいだし」

「そうにゃそうにゃ!」


そして、なぜかソーニャとレディナに『何でもお願い聞く権』を行使されつつあった。


「別に構わないけれど、僕にできることかな?」

「出来なくてもやるにゃ」

「はあ、まあ何でもだからね」

「じゃあ、おいらから言うにゃ――」


思わず息を呑んだが、そのお願いは意外なものだった。


「――今度から、危ないことやる前には必ず相談するにゃ。約束にゃ……」


ソーニャが今まで見せたことのない表情をしていた。

少し下を向き、目を細め、その目は少し――


「――ごめん、ソーニャ。約束するよ」


ソーニャは僕の顔を見ずに拳を胸に押し付けてきた。

もう一度、「絶対にゃ」と言って、室内に戻っていった。


「じゃあ、今度はあたしね?」

「何でしょう……?」


再び息を呑む。


「カウンセリングを受けなさい」

「…………えっ?」


カウンセリング……?


「カウンセリングよ。一回、受けてみなさい」

「僕が……ですか?」

「他に誰がいるの。受けなさい」

「え……でも……」

「でもじゃなくて……何でもって、言ったよね」

「はい」


言ったことには責任を持ちなさい――言葉にせずとも、そう言われていると分かる。おっしゃる通り、僕に拒否権はない。


「はぁ、もっと楽しいお願いをしたかったわ」


そう言ってレディナも室内に戻っていった。


「じゃあ、そうすればいいのに……」


それにしても、楽しいお願いってなんだろう。

寮の中からは楽し気な声が聞こえてくる。

エフティアとリゼさんだ。

結局二人はかなりの仲良しになったらしく、今はどこからか見つけてきたボードゲームにはまっているらしい。



リビングに入ると、机に突っ伏しているリゼと、両手を上げてにこやかなエフティアがいた。


「また負げまじだわぁ……」


リゼさんは……もう何度負けたのだろうか。

その負けっぷりをソーニャとレディナが楽しそうに眺めている。


「アル君! また勝ったよぉ!」


そして、何度目の勝利報告だろうか。

ただ、エフティアが嬉しそうにしている本当の理由はきっと――


「もう一回……もう一回ですわぁッ!!」


――リゼさんが何度負けても折れずに向き合ってくれるからだろう。



「あら、どちらに行かれますの……?」


再び外に出ようとしたところを、リゼに呼び止められる。


「お願いの先払いに――」




――この間の事件があってから、学園内の空気は少し変わった。

悪しき者ども(ザーティアン)の人身売買組織が近辺に潜伏していたという事実が公表され、今に自分がさらわれてしまうのではないかと恐れる生徒もいるらしい。


一方で、公表されたことで緊張感を持って日々の訓練に望む者も増えたようだった。

事件の当事者であれば、なおさらかもしれない。

訓練場を訪れると、いつものように生徒たちが研鑽に励んでいたが、一際激しい攻防を繰り広げている二人がいた。


ミルラとイルマだ。


「「あっ」」二人が僕を見つける。


二人そろって迫り合いをしたままこちらをじっと見てくるので、「どうぞ、終わってから」と目くばせをする。試合は再開され、一見泥臭い打ち合いが始まる。

服を掴んだり、落ちている小石を蹴とばしたり……煽ったり。けれど、無駄な行動には見えなかった。それに、要所要所でやけに品の良い洗練された動きが垣間見える。


「うちの勝ちだぁ!」

「くそっ……くそぉっ……!」


強くなりそうだと、素直に思う。特に、勝つためなら何でもやってやるという気概があるところはいい。


「「どうだった!?」」


突然二人してこちらを見るので、面食らってしまう。


「よかった……ですよ」

「具体的に何が!?」

「相手の服を掴んで体勢を崩そうとすることとか」

「しゃぁッ!」

「小石を蹴って顔面を狙うところとか」

「マジ!?」

「それに、お二人とも決めるべき場面での剣筋は冴えていて、そこもよかったです」


ミルラとイルマは一度顔を合わせてから下を向いた。暗い顔をしている。

しかし、気を取り直したように顔を上げると、こちらに向き直った。


「あんた達が助けてくれたおかげで、うちら生きてられたよ」

「……ありがとう」

「あとごめん……殺そうとして」

「あんたのダチ……馬鹿にして、ごめん」


意外なお礼と謝罪だった。


「別に……あなたたちのためじゃない。僕はただ、リゼさんのためにそうしただけで」

「リゼのため……?」


「お願いされたんです。『ミルラさんとイルマさん、二人ともおともだちになってください』と」

「それで、アーシたちとダチになりにきたのか……?」


「いいえ。そのお願いは断って、代わりに『お二人に会えたら、お話をしてください』と言われたので、それだけは応えようとしたまでです」

「……なんか」

「……儀礼的だな」


儀礼的、確かにそうかもしれない。


「それで、申し訳ないのですが……どちらがミルラさんで、どちらがイルマさん……でしたっけ?」


根本的な問題を解決しないと、二人とお話どころではなかった。


「「はぁ~~!?」」


呆れと怒りが混ざった声が出てしまうのも無理はない。

その点については申し訳がないと思う。




「――うちがミルラっ!!」

「――あーしがイルマっ!」

「――なるほど、覚えました」


「てめぇ三回目だろ!?」ミルラが限界に達し、

「あといい加減敬語やめろ!!」イルマが口調をしてきしてきた。


またしても訓練場裏で二人から非難を受けるが、今回に関しては僕が悪かった。

覚えたところで本題に入る。


「どうして、あの日悪しき者ども(ザーティアン)の人身売買組織に捕まっていたんだい?」


遠慮しても仕方がない。ストレートに聞くことにした。

すると、言いづらそうにしながらもミルラから口を開く。


「先生に口止めされてるけどさ……あんたには言うよ。あの日、うちらは魔薬密売人のアジトに侵入して、金を盗もうとしたんだ」

「盗むっつってもさ、どうせろくでもないことに使う金だろうし……うちらから搾り取った金でもあったしさ。別にいいだろと思ったんだよ」


「金を漁ってたら後ろから薬嗅がされて、気がついたら洞窟にいたんだ」

「それで、気がついたら……あんたと戦ってた」


色々と気になることがあるな。


「魔薬に手を出していた?」

「……最初は、それがやばい薬だって知らなかったんだ」


「お金を盗もうとしたのは?」

「……リゼに返すため」


「僕と戦っている時、意識はあった?」

「なんかぼんやりとしてたけどな……なあイルマ」

「うん……何かわかんないけど、手が止まらなくなってさ」


「二人は、『剣使を殺す』って……言っていた」

「剣使……? あぁ……そんなこと、言ってたっけ」

「そうだ……そうだよ! あんたが洞窟に助けに来てくれた時、あんたの剣が目に入って……それで、変になっちまったんだ」


イルマが確信を得た目で言う。


「今は、剣を見ても?」

「何ともないよ」


待てよ……あの時、二人以外にも魔薬の症状が出ていた人はいたじゃないか。

あの時、どうして二人だけが襲い掛かってきたんだ――


「――二人は、僕が助けに来た時、どう感じた」

「どうって……助かったって……」


ミルラが思い出すように上を見ていると、イルマが重たい口を開いた。


「…………あーしは……怖いって思った」


イルマが僕の目を見て続ける。


「それから、殺されたくない……嫌だ……ってなって、殺されるくらいなら――」

「おい、イルマ!」

「――殺そうって、思った。それにずっと、あんたが……あんた達が憎いって思ってた」

「もう言うなそれ以上は! 散々話し合っただろ!」


二人に共通点があるとすれば、二人は元々僕の知り合い――それも、犬猿の仲だったということ。魔薬には、感情を増幅させる効果でもあるのだろうか。


「やっぱ馬鹿だ……あーし達が悪いのに、あんたのことが憎いなんて」

「イルマ……」ミルラがイルマの肩を抱いた。


イルマの僕達に対する憎しみはもう消えたのだろうか。

うるんでいる目を見て、そうではないかと感じた。


「イルマ、どうして僕を見て『殺されたくない』って思ったのか、聞いてもいいかな」


もう一つ、違和感のあった部分について尋ねる。


「どうしてって……そんなの――」


イルマは戸惑いを見せながら、に上目遣いをした。


「――あんたがあの日、ここであーしらに剣を向けたからじゃん」

「……剣を?」


僕が……?


「あーし、初めて本気で殺されるって思った……」

「けどさ、あれはうちらを脅かすための演技だったわけだ」

「簡単に人を殺すようなやつが、あーしらを必死に助けてくれるわけないし」

「間違いない!」


二人が明るく話してくれているが、胸のつっかかりがいつまでも外れてくれない。


「許してくれないかもしれないけどさ……あーし頑張るよ。ちゃんと働いてリゼにお金を返すし、もっといい奴になれるように努力する」

「……まかり間違ってあんたを殺そうとしちまった奴を信じるのは無理だろうけどさ……うちも、リゼと並んで恥ずかしくない人間になってみせるよ」


二人は、吹っ切れたようにいい顔をしていた。

思わず頬が緩んだが、嫌な感覚がずっとある。


ぱちっ。


不意に両頬に小さな痛みを感じると、二人の硬い掌に挟まれていた。


「隙あり。なんであんたが申し訳なさそうにしてんだよ」

「やり過ぎたって思ってんの? あーしらにはあれくらいがちょうどよかったって」

「「なぁ?」」


二人で顔を見合うミルラとイルマを見て、ようやく自然に笑いがこぼれてきた。


「ところで……どっちがどっちだっけ?」

「うちがミルラっ!!」

「あーしがイルマっ!」


双子じゃないかと思うくらい、似ている。名前も含めて。

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