第39話 月華
◆
(坊ちゃんが気を引いてくれている、今なら――)
「――うっ!」
アヴァル達を少し離れた場所で様子をうかがっていたメイドだったが、その頬に裂けるような痛みと強い衝撃が襲う。そのまま身体は宙に浮き、飛ばされた先で樹の幹にぶつかった。
「さっきはよくもやってくれたわねぇ、メ・イ・ド・さん」
「くっ……!」
さっき殺したはずの女が、一本鞭を持って笑っている。
(ということは……)
「あぁ、当然俺もいるさ」
女の後ろから戦斧をかついだ熊のような人影が歩いてきた。
「色々後悔してる? でも、まあ仕方ないんじゃないかしら。あなたたちはとっても優秀な暗殺者よ? でも相手が悪かっただけ」
「そうさぁ、俺たちにはでっけーバックがいるからな」
「グラーグ、余計なことを言うんじゃないわよ」
「おめえだって俺の名前バラしてんじゃねぇか、ジール」
(念入りに刺した、首も落とした、火で焼いた……なのになぜ……?)
状況を理解しようと努めるが、現状を打開できるきっかけが見つからない。
「誰に殺されたかも分からないなんて、悲しいでしょ?」
「それもそうだ……あぁ、分かるぜぇ」
無駄話をしている二人の隙をついて、針を投げるも軽くかわされてしまう。
「早めに死にたいらしいぜ?」
「こんな世界だもの。早く殺してあげましょう」
鎖のついた巨大斧が地を削り、メイドに迫った。
大地の破片を避けるために大きく避けるも、高速の鞭が地を這う蛇のように噛みつく。
「あぁッ!」
凄まじい破裂音ともに、服が裂け、皮膚が切れ、あばらが何本か折れた。
しかし、メイドはすぐに立ち上がり、周囲の木々や岩を盾に動き回る。
「ひゅ~ッ! 早く殺すんじゃなかったのかよぉ!」
「焦らないで」
「まあ俺はどっちでもいいんだが……なぁッ!!」
大男が先読みして投げつけた斧の衝撃は凄まじく、メイドは吹き飛ばされ、地面に転がった。そして、致命の鞭がその喉元に食らいつく――
「自由の風牙」
――その瞬間、空気を裂く音と共に、不可視の牙が鞭を嚙み千切った。
「おいら、人を痛めつける自由は嫌いにゃ――」
――放ったのは猫の獣人だった。
ソーニャが猫然とした着地をすると、すぐに大きな声がする。
「メイドさんッ! 大丈夫ですのッ!? まあ、こんなに傷ついて……ひどいですわ……!!」
月の光を受けて輝く髪が揺れる。
リゼはその目に涙を浮かべてメイドに抱きついていた。
それを横目に、レディナがソーニャの隣に駆け寄る。
「ニャっちゃん、えらい……よくやった!」
「おいしいご飯くれにゃ」
「今度ね。今は……みんな、あたしの後ろに隠れて! ニャっちゃんは自由に潜伏して!」
「にゃ」
レディナは二人を見据えて両刃の剣を構えた。
斧男と鞭女は相変わらず楽しそうに笑っている。
「いやぁ、楽しかったな……そろそろ退散するか?」
「そうね、収穫もあったし――」
彼らは後退する気配を見せ、余裕の笑みを浮かべたが、すぐに沈黙する。
彼らの視線の先にいたのは、レディナでもなく、ソーニャでもなかった。
「あなたたちが……メイドさんを傷つけたんですの……?」
月の令嬢が静かに呟く。
その静けさには、先頭に立っていたレディナも振り向きかけるほどの気迫があった。
「どうなんですの」
リゼはレディナの横を歩き、そのまま先頭に入れ替わる。
「……リゼ」
レディナは目を見開くばかりで、それ以上何も言えなかった。
先ほどまで陽気だったジールとグラーグが、黙って武器を構える。
「わたくしのおともだちを……傷つけたのはあなたたちですのッ!!!」
朦朧とする意識の中で、メイドは主の叫びを聞いた。
薄く目を開くと、そこにライナザル家の象徴たる輝きを見つける。
「お嬢……様――」
――途切れかけた意識の中、主の手の甲に輝く一輪の花の模様を目に焼き付けながら、メイドは意識を失った。




