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第37話 黒く囁きて


少女たちの眠る寝室の窓に、黒い影が映る。

エフティアとリゼがシングルベッドに仲良く眠っているのを少し眺めて、レディナはその窓を見た。


(波止場に怪しい船、人物なし。二人の姿なし。メイド信用できにゃい)


レディナは窓に張り付いた不審者の口の動きから、収穫がなかったことを理解する。


では一体何のためにメイドはあんなことを言った?

いたずら?

でも、何らかの意図は確かにあった。

主人を想う気持ちもあるように感じた。


レディナがメイドの発言の真意を掴もうとしていた矢先、ベッドの掛布団からエフティアが飛び出した。


「きゃあ!」リゼがベッドから落ちた。


驚いたのか、ソーニャの姿も窓から消える。


「急にどうしたのよ!?」

「アル君どこ!?」

「アルちゃんなら隣の部屋でしょう……?」


エフティアは寝室を飛び出し、隣の部屋のドアを叩いた。


〈開けて!! アル君!!〉


レディナも慌てて寝室を飛び出し、リゼは寝ぼけた表情で「どうなされたの……?」とゆっくりと追いかけた。


間もなく雄たけびが上がり、ドアが盛大に破壊される。


「あんた……素手って」

「お部屋のドアが……」


エフティアは素手でドアの鍵を壊し、無理やり穴を作ってドアを開いたのだ。


「アル君っ!!」


寝室はもぬけの殻だった。

リゼはメイドに呼び掛けるも全く応答がなく、メイド用の寝室にもいなかった。



エフティアは白い夜着のまま外へ飛び出した。止める暇もなかったので、レディナとリゼもそれに続いた。


「エフティアさん! はしたないですわぁ!」

「リゼ! もうどうしようもないから!」


エフティアはまるで確信しているかのように迷いなく駆けていく。

追いつけないでいるリゼとレディナだったが、二人以外にエフティアに迫る影があった。エフティアの隣に屋根から飛び降りたのは猫の獣人(ファウナ)だった。


「フテっち、そんなに急いでどこに行くにゃ?」

「うわぁ! ニャっち……! アル君のところ!」

「どこにいるのか分かるにゃ?」

「うん!」

「にゃ……フテっち!! その場で足踏み!!」

「はっ、はい!?」


突然の号令に驚いたエフティアは足踏みをし始める。


「まだ!?」

「まだにゃ!!」


「まだぁッ!?」

「もういいにゃ」


足踏みが地団駄になりつつあったが、ようやくレディナとリゼが追いついた。

走りながらレディナはエフティアに文句を言う。


「あんたはもう……もう少し周りを見なさい!!」

「えぇ!? ごめんなさい……でもいかないと! アル君がどっいっちゃう!」

「どっかって……。分かった、みんなで行くよ。いいね?」

「うん!」


黒い影ひとつと白い影みっつ、アヴァルを追いかけ、ひた走る。

そんなことなど露知らず、彼は毒蛇のねぐらに足を踏み入れようとしていた――



――学園都市の北、整備されていないけもの道の先に、猛獣よりも危険なケダモノの巣を見つける。

アヴァルとメイドはそれを高台から見下ろし、その光景を目の当たりにした。


両手足を錠で固定された六人の男たちが、洞窟の前に引きずり出され、鞭で背を打たれていた。中には肌が切れて出血している者もいる。


鞭を振るっているのは男女二人組だった。

特に、体格の良い男の方は自分の気に入った音を鳴らすことに執心しているようで、「ひゅー、いい音出るじゃない」などと大声で楽しんでいた。


「よく飽きないわね。死なせないでよ」女の方は退屈そうに、しかし的確に痛めつけている。

「別にいいじゃねーか、こいつら安いだろう?」

「比較的、でしょう」


そう言いながら、足元に倒れた傷だらけの男の後頭部をじりじりと踏みつけてから、こめかみに重い蹴りを入れる。

蹴られた男は意識を失っているのか、ぴくりともしなかった。何度もひどい踏まれ方をしたせいだろう、彼の後頭部は不自然に肌が露出していた。


この光景を前に、メイドが静かに言う。


「あれが我々の敵です」


彼女のこれまでで一番冷めた声音を聞き、アヴァルは矛先を変えた。

現状、この人が何者なのかはほとんど分からない。だが、彼女があの人の形をした何かと敵対していることは、魂で確信できた。


「ザーティアン――人の姿をしていますが、見た通り、悪魔です」


悪魔とは、比喩だろうか。

……この際どちらでもいい。


「悪魔は二人だけですか」

「確認します」


そう言って、メイドは口元に人差し指を添えて唱える。


黒く囁きて(ラシュルクル)――」


闇に溶けていくような声。

息をするのも(はばか)られる静寂の後、黒衣の魔女は人差し指と中指を立てた。


「――敵はあの二人、洞窟の中に四人うずくまっています。見張り役らしき者はいません」

「そのうずくまった四人の中に敵がいる可能性も頭の隅には入れましょうか」

「賢明ですね。それと、この魔法は地中には届きませんので、地面から飛び出してくる可能性も万に一つはあるでしょう」


メイドはいたって真面目な調子で言う。


「それにしても妙だ」

「ええ」

「無駄に声が大きい……よほど周囲に無頓着なのか……誘っているのか。誘っているのだとしたら、自分たちの力に自信があるんだ……どう考えますか?」


「自分の力を過信した馬鹿が誘っているのでしょう――と、言いたいところですが、彼らは強いです。あの鞭で打たれている者の中には、彼らを殺そうとした暗殺者(アサシン)もいます」

「強さの目安が分かるだけで十分です。メイドさんは、あの二人に勝てますか」


「どちらか一人なら殺して見せます。二人同時となると、相手の能力次第です。アヴァル様は?」

「二人同時はむしろ…………得意です。好機があれば、僕に二人を押し付けて、囚われた人達をお願いします」


アヴァルは強がっているわけでも、自分の力量を見誤ったわけではない。心が刃のごとく研ぎ澄まされ、極めて冷静に敵を見下ろしていた。


メイドは黙ってうなずき、ローブを(まく)し上げる。

黒いタイツがあらわになると、ベルトで固定された飛び道具の類が目についた。


「これから死線をくぐることになりますが、言い残した言葉はありますか」

「僕にはありません。あなたは?」


この問いに、一瞬だが彼女の殺気が消える。

切れ長の目をさらに細めて言った。


「お嬢様をお願いします」


色々な意味が込められた願いだった。

その言葉には願いには応えず、「あなたはまだ彼女のメイドなのでしょう。責務を果たしてください」とだけ返す。

メイドの顔こそ見なかったが、彼女は少しだけ笑っていたような気がした。


「では、始めましょう――」


メイドの合図を受け、単身で高台から飛び降りる。

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