第30話 黒……!
リゼは、硬貨が入っているであろう袋をまがい物の友達に手渡そうとしている。
「リゼさん、その人たちに何をしようとしてるんですか」
「何って、約束していたお金をお渡ししようとしていましたの」
「その二人がさっき言っていたことの意味が、分からないんですか!」
本当に、分かっていないのか?
「うーわ、特待生君まで巻き込んでうちらを付け回してたわけ?」
「性格わるすぎ?」
「先生にチクっちゃおっか」
「だねー」
二人は全く悪びれていない。
「にゃー、お前らいい加減にするにゃあ」
「ソーニャ……」
いつもより低い声色をさせて、彼も表に姿を見せた。
「はぐれ獣人までいんじゃん」
「特待生の飼い猫だぁ。レディナはぼっちの保育園でも開くつもり?」
飼い猫……?
何を言っているんだ、この人たちは?
なんだあの顔は?
何を笑っているんだ?
「やめるにゃッ!!」
ソーニャの声が聞こえた時には、手にはその感触があった。
「ひぃっ!」
「イルマ!」
腰を抜かした女に、もう一人が駆け寄っている。
あれ、どっちがどっちだっけ?
「やめて!!」
レディナが剣を持って立ちはだかるが、意味はなかった。押さえてこようとする彼女をあっさり抜き去り、そのまま二人を見据える。
右、左の順でいいか。
殺そう――そう思った時には、偽者達の首を切り裂こうと剣を振りかぶっていた。
「剣に想いを――」
凛とした静かな声が聞こえた。
確かに振り抜いた剣の刃は、二人の頭上を通り過ぎる。
何を、されたんだ。
「アヴァルさん、やめてくださいまし。わたくしのおともだちを、傷つけないでくださいな」
二人の前に、リゼが膝をついてしゃがんでいた。
「……リゼさんが止めたんですか」
「あなたに教わった剣のかわし方ですわ。わたくしのこと、見えていませんでしたの?」
胸の奥が静かになった。さっきまでの恐ろしいほどの冷たい気持ちは、どこに行ったのだろう。
何かが地面を引きずるような音がする。二人組が逃げるように地面を蹴っては、滑ってもたついているだけだった。
「リゼさん、その二人はおともだちなんかじゃありません。偽物だ。何も渡す必要なんてない」
「偽物……?」
リゼは何かを噛みしめるように一度口を閉じた後、ゆっくりと開いた。
「どうして、そんな悲しいことをおっしゃるの……?」
リゼは震える両手で自分の胸を抑えている。
「わたくし、みなさんとおともだちになれると思って、とっても楽しみにしておりましたのに」
「それは……! 君のために……」
薄っぺらい言葉が自分の口から出そうになり、吐き気がした。
足が、彼女から離れていく。
「偽物だなんておっしゃらないでくださいまし……誰が何と言おうと、神が仰ろうと、お二人が声をかけてくれたあの瞬間――わたくしは忘れませんわ。わたくしにとって、お二人は本物……本物のおともだちですわ……!」
リゼは立ち上がり、離れた僕を逃がさないように一歩近づいた。
「お二人がお金に困ってると聞いて、初めておともだちのために何かできないか考えましたわ……慣れないお仕事は大変でしたけれど、店長さんやお客様のお役に立ててとっても嬉しかったですし、ミルラさんとイルマさんの力になれると思うと、もっと頑張ろうという気持ちになれましたの。その時間だって本物でしたわ!」
本物……?。
「それに……いきなりみなさんが喧嘩をなさっているのを見ても、わたくし、何も分かりませんわ。だって、ミルラさんもイルマさんも、普段からとってもお口が悪いんですもの。レディナさんに何かを言われて、売り言葉に買い言葉で言い返したようにしか見えませんでした……それで引っ込みが効かなくなったのですわ」
令嬢が歩み寄ってくる。
「だけど二人は……! リゼさんを馬鹿にして、笑っていた……」
「それも間違っていましてよ。お二人はわたくしを馬鹿にしていたのではなく、安心したから笑ったのですわ。わたくしが誰かの言葉に流されて、おともだちを手放したりしないことに……!」
彼女は僕の剣を持った左手を握ってきた。握る手は温かく、一瞬金色に輝いたように見えた。。
「アヴァルさんも、わたくしの、おともだちでしてよ……?」
その言葉に、剣を握る力を失い、剣が消える。
リゼは微笑み、二人に呼び掛けた。
「ミルラさん、イルマさん、わたくしを信じてくださいまし。お二人がほんの少し悪いことをおっしゃったからって、わたくし、何も変わりませんわ」
リゼが二人の顔を覗こうとしたが、二人はリゼを見ようとしていなかった。
「うちらは……」
「ねぇ、ミルラ……」
さっきから声も出せなかった二人が何か言いかけたが、口をつぐんでしまった。生まれた沈黙を破る気力も僕にはない。
ソーニャはいつの間にか僕の側に立っていたけれど、動こうとはしなかった。
レディナさんは、笑っている……?
レディナが口を開こうとした時、この場にはなかったはずの声が先に沈黙を切り裂いた。
「ばかみたい!」
薄暗い夕闇に新たな影が差す。
降り立ったのはエフティアだった。
「ディナ、自分が悪者になろうとした!?」
ずかずかと音を立ててレディナに詰め寄った。
「な、何言ってんの……それにあんたどうしてここに?」
「言わないとだめなの!?」
「別に……いいけど。いや、そうじゃなくて!」
「ねえ、二人はそのまま黙ってるつもりなの! 言わないとわかんないよ!」
矛先が変わり、睨みつけられたイルマは立ち上がる。
「……急に現れたかと思えば、どじティアじゃん。お前には関係ないだろ!!」
「うるさいばかぁ! 二人が話さないからディナが嘘をつこうとするんだ!」
「ばかだって……!? なめてんじゃねぇぞ!」
「ばぁかばぁか! 喋れるじゃんばぁか!」
「こんのぉ……!」
イルマは剣を手にしたが、ミルラが制止した。
レディナも興奮するエフティアを落ち着かせようとする。
「エフティア! 落ち着いて! あたしも悪かったんだ……!」
「嘘つきッ!!」エフティアは叫んだ。
「ディナは嘘ついてる!! なんでそんな嘘をつくの! なんでディナが悪いの! 悪いのはそこの黙ってる二人でしょ!
本当のことを言ってるのはリゼちゃんしかいない!!」
エフティアは両手を強く握りしめ、この場にいるリゼ以外を睨みつけた。
「エフティアさん……」
リゼも突然の第三者の登場に困惑している様子だった。
「悪いんだけどさ……うちらだけにしてもらえないかな」
ミルラが静かに立って言うと、エフティアが嚙みついた。
「いやだッ!! 今話して! 陰でこそこそディナの悪口を言うつもりだ!」
頑として動かない意志を示したが、両脇をソーニャとレディナに抱えられる。
「フテっち落ち着くにゃあ!」
「あの子たちはもう悪口なんて言わないって!」
二人の力をもってしても、怪力少女をその場から引きはがせなかった。
「ヴァルっち……足を持ってくれにゃ!」
「いや、足って言われても……」
「お願い……!」
請われるがままにエフティアの足首を持ち上げる。
それぞれの足は大いに暴れ、まさに罠を抜け出そうとする獣だった。
「エフティア! 暴れると見えそうだよ――」
――下着が!
「やだああぁぁ! 離してよ!」
黒……!
「うにゃぁ……エッチにゃ。ヴァルっちの表情」
「何がだよ!?」
「言ってる場合じゃない! 今のうちに運ぶよ!」
スカートに気を取られて力の向きが下半身に集中しているうちに、黒い少女を林から運び出すことに成功した。
「おろしてーッ!!」
それからというものの、彼女のことを三人で必死になだめ続けたため、リゼたちがどうなったのかをそれから数日の間、知ることはなかったのだった――




