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第14話 まずはトマトを食べよう

とん……とん……とん……


包丁で何かを切る音。


「今日は父さんが腕によりをかけるぞー」

「もう、あなたったら」


仲睦まじい男女の声。


「おなかすいたぁー」


僕から聞こえる声。

僕が、歩いていくと、男女二人分の死体があった。


二人分の血だまりに置かれた包丁を拾うと、再び僕から声が出た。


「おなかすいたぁー」


包丁が苦しむように捻じ曲がり、短剣になってゆく。



「あー、これ――」


――夢だ。



ずいぶん優しい夢だった。先生がくれた薬のおかげだろうか。


「あっ! アル君起きたぁ!」


エフティアの声が居間のほうから聞こえた。

僕が起きたって……どうやって気づいたんだ。

耳が良すぎる。エルフか。


寝室の扉が開くと、なぜか血まみれのエフティアが立っていた。


「エフティア!? その血は!?」

「え?」


すぐに起き上がろうとしたが、身体が動かなかった。

エフティアはなぜかきょとんとしている。痛みが分からなくなっているのか!?


「えへへ、これ血じゃないよー。トマトだよぉ」

「あ……はは、確かに……血の匂いがしない」

「でしょ? ほら、味もトマト」


エフティアは自分の服についたトマトのペロリと舐める。

ほらと言われても、僕に味までは確かめるすべはない。


「はしたないよ、服についたものを舐めるなんて」

「あっ……そうなんだ。えへへ、ごめんなさい」

「何をどうすれば、そんな悲惨な姿になれるんだい?」

「トマトを切ればこうなれます!」


そんな馬鹿な……。

待てよ、服があの様子だと、向こうの部屋はどうなって……?


「あぁ、無理して立ち上がっちゃだめだよ!」

「いや、何だか立ち上がらないといけない気がする」

「あっ、えっと、あっ……だめ!」


エフティアにベッドに押し付けられてしまう。

と、同時にべたつくトマトの感触も押し付けられた。

気持ちいいのか気持ち悪いのか分からない。


開かれた寝室のドアのほうを見ると、血痕のように赤い印がぽつぽつと落ちていた。


「エフティア、エフティア。どいて」

「いっ、いやです」

「いいから、どいて」

「うぅ……」


ベッドがべたべたになった。それに、ああ……寝室の床も。

エフティアの頭がぶつからないように庇いつつ、何とか彼女を押しのけると、気合で居間に向かう。


「あのね……まだ寝てた方がいいと思う!」

「そうかもしれないし」

「そう! そうだよ!」

「そうじゃないかもしれない――ほら」


悪夢の再現だ。夢は現実に影響されやすいのは経験上知っていたけれど、まさか夢以上とは。


「アル君が……起きる前には、掃除しようと思ってたんだ……」

「起きたけど」

「あっ、あっ……」

「僕がいつ起きるかなんて予想はできないし、予想ができたとして、どれくらいで起きると思ってたの」

「あっ……えっと……いっ、一時間」

「……」

「二時間! あっ、三時間!」

「よし。三時間で掃除しよう――この血の海をね」

「はっ、はい!」


ひどい。どうすれば床一面にトマト汁が広がるんだ。何日分だ。

逆に天才か。


「というか、生臭さもあるな」

「えへへ……元気が出ると思って、お肉とかもいっぱい買っちゃった」

「それはどこに」

「あそこ」

「なんでまな板から外れたところに、直に置いてるの」

「置く場所がなくって……ひぃ」

「今から指示に従うように」

「はいっ!!!」

「服を脱いで」

「えぇーッ!?」

「着替えるの」

「あっ、はい」


僕もトマトの海を掃除した経験はなかったけど、エフティアよりはましだろう。


それから、思いつくままに雑巾をかけたり生ものをいったん皿に避難させたりと奔走を続け、何とか三時間で元の見た目の空間に戻した。


「トマトの匂いはするけど」

「すみません」

「色々と言いたいことはあるけど――」

「うぅ……」

「まずはトマトを食べよう。話はそれからだ」

「……うん!」


……


「で、それでトマト売りのおばあさんに売れ残りのトマトを全部買わされたんだ?」

「えへへ……健康にもいいし、それに、その……美人にもなるって……へへ」

「限度がある」

「だ、だって、おばあちゃんが『ぜーったいに元気になる。あぁ、間違いない。ばあちゃんが保証する!』って言ってたんだ!」


エフティアは半ば興奮気味に顔を赤くしていた。

まるでトマトだ。

思わず頭を抱える。


「エフティア、本音を隠すことは時に悪いことでないかもしれないけれど、今回はそのおばあさんは悪い意味での嘘つきだ。そのおばあさんの本音は、『売れ残っているトマトを全部買ってくれそうなお嬢ちゃんだ! しめしめ……』なんだ――分かるかい?」

「わっ、わかんないよぉ」

「……」

「そんな顔しないでよぅ」


はあ。でも、元気になってほしくて、僕のためにトマトを散らしたんだよな。

だけど、おばあさんの肩を持つようなことも言いたくないな。

エフティアは目に涙を浮かべているけれど、僕も少しばかり泣きたい。


「エフティア、正直言うと……かえって疲れた」

「ごめんなさい……」

「けどね、嬉しかったよ。今度は一緒にご飯を作ろう」

「うん……」


剣使の顔じゃない彼女は、やはり普通よりも幼くて、頼りない。けれど――


「えへへ……トマト、飽きてきたね……」

「限度があるってこういうことなんだよ」

「はぁぃ」


――ちょっと元気、出てきたかもしれない。

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