(65)タイムゴーズバイ
きっと仕事が早く終わったから
それだけの理由だった。
僕と由依が会う事は
最寄駅のここを通過する為
確率は高かった。
「明るくなったよね?」
何も喋らない僕に同じ台詞を
投げかける由依。
「ちょっと明るめのカラーにした」
「髪の毛じゃないよ。顔」
「顔?」
「そう。顔。フェイス」
由依の英語は中卒の僕でも分かるほど
下手くそだ。
「今日は早めに仕事終わったからね」
「良かったね」
「由依は?バスケは続けてるの?」
「当たり前じゃん」
「お兄さんは元気?」
由依の兄、下部楽風馬。
創造の神。
「元気っつーか・・・東京行ってるし」
「そうなんだ」
「ねー、時間あるわけ?」
「うーん」
「仕事早く終わったんでしょ」
「そこ行こ」
由依が指さしたのは
チェーンの喫茶店。
場面は切り替わって
僕と由依は喫茶店にいた。
由依は難しい名前の甘い飲み物を
僕は紅茶を頼んでいた。
中学3年生でクラスが変わって
卒業式にちょっとだけ会話したのが最後。
由依こそ、髪を染めていて
明るくなっていた。
「今でも思い出すなぁ」
なんて由依が言う。
ふたりの思い出はあれしかない。
「放火魔を撃退した時?」
「うん。あれ、思い出す」
「刺激的だったよね」
「正直、怖かった」
「だよね」
「あのさ、覚えてる?あの日のこと?」
1年以上経つと、鮮明な記憶は
なくなってしまう。
僕の頭に残ったのはあの日の事実だけ。
由依とデートをしていた事
放火魔が由依を羽交締めにした事
僕は放火魔のライターを暴発させ
なんとか切り抜けた事。
「うん・・・色々と」
「放火について調べたよね。路地裏で・・・スマホ見合ってさ・・・」
僕はそれを言われて思い出した。
たぶん、僕と由依の顔が
1番近づいた時だった。
「うん。放火犯に投げられたスマホだ」
「例えば、例えばだよ」
「なんだよ」
「あの時」
「ん?」
「キスとかしてたら、どうなってたかな」
「えっ?」
「手つないで、デートして、あの場所じゃなくてもさ」
「なっ・・・」
「私たち、付き合ってたかな?」
そんな事さ
今言われたって分からない。
あの時も、その後も
その事ばかりで
僕たちはどこか
恋愛から逃げていた。
僕も鈍くはない。
由依は僕を好きだった。
僕はどうだったんだろう。
あの時の僕に聞いてみたい。
「あ、あのさ」
今度は僕のターンだ。
「なに?」
「た、たとえば、今から手繋いでデートとかしてさ・・・」
「うん」
「そしたら、俺たちって」
「ごめん」
「そっか」
「好きな人が出来たから」
「なんだよ、良かったじゃん」
時だけが過ぎる。
時だけが過ぎた事を
僕は実感していた。




