なんでもいいからチェックメイトしたい彼女
「先輩、先輩、せんぱーい!」
一人で下校していると、後輩の吉川が声をかけてきた。
今年入学したばかりの彼女は元気溌剌でコミュ力抜群の陽キャな人種。
どうしてミステリー研究会なんて陰キャしかこなそうな部活に入部したのか分からない。
「先輩、一緒に帰りましょうよ」
「ああ、構わないが……君は帰る方角が違うだろう?」
「途中まではいっしょですよ」
そう言ってにっこりとほほ笑む吉川。
無邪気で明るいその笑顔に、思わず見とれそうになってしまう。
今まで女性と交際した経験はないし、モテ期が来る予兆もない。
女性経験の乏しい俺にとって彼女はまぶしすぎる存在だ。
「先輩、私ですねぇ……。
チェックメイトって言いたいんですよ」
唐突に吉川が言う。
「は? 言えばいいだろ」
「ただ言うだけじゃダメなんですよ。
悪の親玉を追い詰めてからにやりと笑って、
『チェック……メイト』ってカッコよくいいたいんです」
「演劇部にでも行けばいいんじゃないか?」
「架空のお話ではなく、リアルで言いたいんです」
それは無理な注文だなと思う。
現実には悪の組織なんてものは存在しいないし、仮にもし悪いやつを追い詰めて『チェックメイト』なんてほざいてもぶん殴られるだけだろう。
それともあれか?
悪いやつらでなくても誰でもいいから、逃げ場のない状況へ追いやって『チェックメイト』って言ってやりたいのか?
本当に変わった子だな、吉川は。
俺は彼女のよく分からない願望について考察しつつ、歩調を合わせてゆっくりと歩いて行く。
ちょうど分かれ道に差し掛かった。
突き当りのT字路を左に曲がれば俺の家の方向。
右に曲がれば吉川の家の方向。
ここでお別れだ。
「じゃぁ、今日はこれで――
挨拶をしようと吉川の方を見やると、不意に人差し指が俺の鼻の上に付きたてられた。
吉川は指を突き出したままにんまりと笑って言う。
「チェックメイト」
いや、なにが?
突っ込もうとしたが言葉が出てこない。
声をかける間もなく、吉川はくるりと背を向けて歩いて行ってしまった。
無言で去り行く彼女の背中を見送って、俺も自分の家のある方向へと向かう。
まったく……なんだったんだ。
俺は早まる鼓動を感じながら、さっきの吉川の顔を思い出す。
あいつ、笑ってたな。
しかもめっちゃ無邪気に。
まるで小学生がするような悪戯に、俺は完全に翻弄されている。