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[その足は重く]


疲れた、眠い、痛い。


どれだけ走り続けたか分からないけど、見える景色はわけも分からず逃げた山道から、人が住んでいそうな家が見える場所に変わっていた。


少し遠くには大きな街のような場所も見える。









「あら、坊や何処の…」









後ろから聞こえた声に振り向けば、女の人がこちらを見て首を傾げていた。その傍らには自分と同じくらいの歳に見える子供が二人。兄弟なのか、手を取り合って同じく自分を見ていた。


見られた、そう思って後退ればチャリと金属音が鳴る。しまったと思ってももう遅い。彼らの視線は俺の足元へ向き、その瞳は大きく見開かれる。








「あんた…」







言葉を聞くより先にその場から逃げた。


逃げることでチャリチャリと嫌な音が付いてくる。それも当然だ、音の原因は自分の足に重く外れない様に付けられているのだから。


黒く、重い、鉄の枷。これが付けられたのは半年くらい前。


細々としていたけれど、普通の生活だったと思う。それが変わったのは大好きな人が居なくなってから。







『大丈夫。お前はここに居るんだよ。』






その言葉を最後に見ることがなくなった背中を忘れる間も無く、目を合わせない人々に送られた先でこの枷が嵌められた。


逃げられないと分かるまで、暴れて叫んで、怒鳴られて殴られて、自分が奴隷だと受け入れた頃には大好きな人も同じ道を進んだのだということも理解した。


同じ髪が好きだった。優しい笑顔も好きだった。それをもう見ることが叶わないのだと分かった途端に、何かの糸が切れるようにして自分の何もかもがどうでも良くなった。









『お前と同じ、髪をした坊主が少し前、居たなあ…』








その言葉に誘われるようにして、殺し続けていた意識が浮き上がった。


自分の足に付いている枷と同じものをつけた老人が、頭を見て言った。この髪は珍しいのだと、奴隷となる時に聞いた。そんな珍しい髪で、しかも男子。


大好きなあの人だと、思った。


思いたかっただけだったかもしれないけど、自分より少し大きかったと聞けば、ますます期待は膨らんだ。何処に居るのか、同じ場所に行けるのか、痩せ細り無気力に呟くだけの老人にアレコレ聞いた。


だけど返ってきた言葉は『消えた』という一言だけだった。







『今儂らを運んどる奴らに連れて行かれて、坊主とはそれきりさ。売り場でも無かったから、捨てられたんじゃないかなあ…』






老人の『羨ましいなあ…儂も捨ててくれりゃ、良いのになあ…』という言葉は聞こえても、何かを返すことは出来なかった。


瞬きを見せた光が潰されるような感覚に、頭が重くなる。老人の言う『捨てられた』が置き去りにされただけならばまだ良い。だけど、どうしても目の前の何もかも諦めて生きることすら辛いと言いたげな老人が『羨ましい』と口にする出来事が、ただ捨て置かれるだけとは思えなかった。









そんな最悪の想像が頭から消えなかったある日。枷と檻を繋ぐ鎖が断ち切られ、走る馬車の上で投げるように檻から出された。







『走れっ!!』







理解するより前に、声が頭に響いた。それに従って足を動かせば、後ろからは何かがぶつかり合う音と大勢の人たちの怒号や悲鳴が聞こえた。


走る自分と同じように走っている人たちの足には、同じように鎖が断ち切られた枷。小さな子の手を引く人もいた。


走って、走って、何もかもが聞こえたくなったときに振り向こうとしたら、強く腕を引かれた。









『見るなバカ!!』









自分と似た格好で、自分より背が高くて、力も強い。そんな人に引っ張られて走り続けた。


暫くして、その人が押すようにして腕を離した。来た道を振り向いたその人は『早く逃げろ!!』と叫ぶと、道を戻って走った。


何もかもが分からず、言われたとおりに走って、何もかも騒ぎが遠のいた時にやっと自分は理解した。あの人は逃してくれたのだと。









「兄、さん…」







記憶にある大好きな人の背中と、逃してくれた人の背が重なった。


逃げてももう、会えないのに。そう思ってもこうして走り続けるのは、何処かで無事なのだと思っている自分がいるから。


会いたい。話したい。もう一度。


走り続けて疲れ切った頭は願望ばかりが浮かんでくる。とうとう力尽きたのか、膝が思ったように動かせなくてガクンと身体が地面に倒れる。









「逃げ、なきゃ…」








逃げて、いつか会わなきゃ。


冷たい地面は規則的な煉瓦が敷き詰められた道だった。やけにキレイなそこに、山を抜けた時にみた街を思い出す。


気付かないうちに随分走ったらしい。


なら、少しは寝てもいいだろうか。


床も地面も硬いのは一緒。慣れてしまった身体は外だということも関係無く眠気を誘う。


少しだけ、と目を閉じた。










「え!?ちょ、お母さぁああああん!!!」









そんな叫びは聞こえたけれど、もう瞼を上げる力はなかった。

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