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書庫の妖精


彼女のストンと抜け落ちた表情は、真っ直ぐに私を否定した。


重ねて放った言葉たちに対して『間違えた』と思ってももう遅い。


怒涛の勢いで並べられた言葉の数々を噛み砕く前に次々と新たな言葉が並べられ、弁解を用意する前に青い瞳の彼女は去ってしまった。




「シルヴェ史記…賢王の左足…だったか?」




勉学としてしか読まなかったこの国の歴史の本と、聞いたことの無かった名前の本を探す。


彼女の言葉で自分がどれだけ考え無しに言葉を紡いだのかを自覚した。ハルバーティア伯爵家の血を引きながら私は、歴代の当主が国王から得た信頼の理由を否定したのだ。


紡いだ言葉は戻らない。ならば彼女の言葉の本質を理解してから、反省と謝罪の言葉を彼女に送ろう。




「シルヴェ史記はこれだな。あとは…」


「“賢王の左足”はこれだよ。」


「!?」




低い位置にあったシルヴェ史記をしゃがんで取った呟きの直後、目の前には灰色の装丁が落ち着いた印象の本が突き出されていた。


タイトルが読めないほど至近距離に出され思わず体勢を崩せば、本の先で叔父上が穏やかな表情でこちらを見つめている。




「いらしていたのですか。」


「うん。珍しくリリルフィアが廊下に聞こえるくらい興奮してたみたいだったからね。」




叔父上の言葉に居た堪れなくなって目を逸らす。


実父である叔父上が“珍しい”と言うくらいなのだから、それだけ彼女にとって私の言葉は許せないものだったに違いない。


叔父上の手を借りて立ち上がり、本を受け取った自分に叔父上は真剣な眼差しで口を開いた。




「リリルフィアの言葉を俺は支持するよ。そしてリオン、リリルフィアと話したいなら素直にならなきゃ。」


「…!別に自分は!!」




咄嗟に出た言葉、その後に顔へ熱が集まるのを感じる。これでは肯定したも同じじゃないか。


赤いだろう顔を隠すと、前からはクスクスと叔父上が笑っていて更に恥ずかしく思う。




「不器用だねえ。ま、私の妖精はとても賢い。だからリオンの『自覚を持て』という言葉も、ちゃんと理解していると思うよ。」


「…そんなの、わかっています。」




きっと彼女は“汚点”と言った自分の言葉を拒絶したのと同時に、“自覚しろ”と言った言葉を振り返ってくれるだろう。


振り返って、至らない点があったなら努力するんだろう。


リリルフィアという伯爵令嬢であり自分の再従兄弟は、そういう少女だ。




5年前にこの屋敷に住まわせてもらえるようになった時、自分は環境の変化についていけなかった。


居なくなった母、積み重なる家を持つ者の責務、知らない使用人、知らない屋敷、何も出来ない自分。


唯一まともに会話ができた叔父上は仕事があり、小さいリリルフィアとの生活がある。私は殆どの時間を現実から逃げるように書庫の中で過ごした。


それが変化したのは、そう間もない頃。




『ほわぁあ〜!!』


『リリルフィア様、お静かになさいませんと。ここは本を読む場所ですよ。』




リリルフィアは初めて訪れたらしい書庫に感動していた。当時リンダとは別で間もなく引退間近と聞いていたリリルフィア付の侍女が静かにするよう窘める。


その言葉に両手で口を覆うリリルフィアに、人に興味の無かった自分でも“愛らしい”と感じた。


リリルフィアはすぐに自分に気付き、『リオン、様!』と駆け寄ってくれる。ニコニコ話すリリルフィアは絵本を探していた。場所を教えた自分に言った言葉を、今のリリルフィアはきっと覚えていないだろう。




『ありがとう、リオン様!リオン様がいてくれて助かりました!お兄様がいたらきっとこんな感じね!』




その時楽しそうに本を読んで書庫を後にしたリリルフィアは、それから“リオンお兄様”と呼ぶようになった。


自分の無力さに暗くなっていた自分に、彼女の『助かった』という一言はじんわりと染みた。小さな子の、何気ない一言でも、私にとっては心境をガラリと変化させる言葉だった。


リリルフィアと仲良くなりたかったが、使用人の誰かから聞いたのか彼女は私に不用意に話しかけることは無かった。ならば自分から、と話しかければよかったのだが居候の身で出しゃばるのも憚られる。


距離は縮まることのないまま、ここまで来たのだ。


そしたら昨日、リリルフィアが奴隷を拾ったと聞いたのだ。何かあっては心配で、再従兄弟とはいえ自分もハルバーティアに名を連ねる者、と理由をつけて話しかければ先程の体たらく。




「リリーに、嫌われたでしょうか…」


「ふ、ははは!!ホント不器用!!」


「叔父上、私は真剣です!!」




しばらく笑っていた叔父上はフッと眦を緩めて、リリルフィアが出ていった書庫の扉を見つめる。

書庫にいれば会えたリリルフィア、様々な本を読む彼女の表情は見ていて飽きなかった。時折リンダの呆れたような視線は感じていたが、用事もないのに話しかけるのも気が引けた。




「私の妖精はどうやら、“嫌う”という枠組みがとてつもなく狭いようだよ。」




お人好しで人を叱責しない彼女は、反省を美徳としているらしい。つまり…




「謝れば、許してくれるさ。」




叔父上の言葉に、彼女の言葉にあった2冊の本を見る。その本を持つ手にギュッと力を入れた。



違った視点でお送りしてみましたが、作品の雰囲気を切ることへの抵抗があり、なるべく前後書きを控えております。

前書きで説明を入れた方が分かりやすいのでしょうか。

悩みます…

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