お泊りの理由
夕食をメイベルや父、リオンと共にした。湯浴みも済ませて寝間着に着替えた今は自室でメイベルと談話中。
「メイベル、本当によろしかったの?客室をお使いになられなくて。」
というのも、メイベルは私と寝室を共にすることを望んでくれた上に、客室も不要と父に話していたらしい。部屋に置かれていたクッションを胸に抱えているメイベルは、コクコクと笑顔で頷いて「勿論ですわ!」と嬉しそうに肯定してくれた。
「今までのお泊りではリリルフィアと寝たことはありませんでしたもの。寝る間際までずっとお話できるだなんて、こんなにも嬉しいことはありませんわ!」
可愛らしい返答に私も笑顔で「私も嬉しいです」と返して、温められたミルクに口を付ける。蜂蜜を使用した甘いそれはリンダが用意してくれたもので、眠気を妨げることがないようにという彼女の配慮から、寝る前の飲み物は決まってこのミルクだ。
身体が温まる感覚に息をつくと、メイベルも同じようにミルクを口にして表情を和らげた。
落ち着いたところで、私はずっと気になっていたことを問いかける。
「それにしてもメイベル、そろそろ詳しい経緯を教えてくださらない?」
「あら、何のことですのリリルフィア?」
私の問いかけに首を傾げたメイベルだけれど、その表情は疑問というよりイタズラを仕掛けた子供のように楽しそうな笑み。
父の許可があるからと追求はしなかったけれど、ラングがガーライル邸を訪問したのが今日ということもあり、ずっと不思議だったのだ。
「心配を掛けてしまったのは本当でしょうし、申し訳なく思いますわ。けれどラングがそちらに訪問して仔細を話したにしては、お父様にお泊りの許可のみ先に取っている点が不可解ですの。」
メイベルはゆっくりと瞬きを繰り返すと、我が家へ来たときの会話を思い出しているのか、視線をずらして「確かに、言いましたわね。」と頷いた。
今日の午前、ラングがガーライル伯爵邸を訪れた時にメイベルもいたのは察せられる。そしてラングから領地へ一度戻ることを聞いたメイベルは、共に来ることを決めた。令嬢が自ら他家の問題へ手助けするような行いは置いておいて、そこまでの経緯は何ら違和感は無い。
「ラングと共に我が家へ来たメイベルに、お父様と面会する時間は無かったと断言致しますわ。ラングが馬で馬車の横を並走しているのを見てすぐに私は玄関へ参りましたし。お父様はその後、執務室からお出でになりましたもの。」
会っていないとなれば、メイベルの『許可を得ている』という言葉が今日のことではない、もしくは嘘ということになる。
私の言葉にメイベルは「リリルフィアには隠し事はできませんわね」と苦笑いして、手近にあった呼び出し用のベルを鳴らす。本来私の部屋には必要ないけれど客室には備え付けているもので、メイベルが使えるように置いておいたのだ。
高い音でチリリンと鳴ったベルに、一拍おいて扉が叩かれる。応えれば入室したのは「お呼びでしょうか」と穏やかに問うメイベルの侍女。
「トアン、トランクからあの手紙を出して頂戴。」
部屋の隅に置かれたメイベルのトランク。その大きい旅行用の方を開いた侍女トアンは、素早く目当てのものを取るとメイベルへ差し出した。
そこには我が家でよく見る便箋と封蝋。
手渡されたので注意深く観察すれば、ガチョウと羊が寄り添う一見可愛らしい紋様は紛れもなく我が家の象徴。それも父が使用している印璽である。
「パパに送られたものよ。貴女がお泊りに賛成しなかったら見せたら良いって言われていたの。」
結果的に否定はしなかったのだけれど、彼女がこれを見せるということはその内容にお泊りの理由があるのだろう。
既に剥がされた封蝋に一度触れてから中身を取り出して開くと、出だしから【娘は今日も可愛いです。】という破り捨てたくなるような褒め言葉から始まっていた。
【昨夜のドレスも可愛かっただろう?毎日見ていて飽きないんだ。マックからすればメイベル嬢が日々着飾るのが楽しみで仕方ないだろう、あれと同じだよ。】
「…もう良いかしら。」
「早すぎるわ、半分も読んでいないじゃない!もっと頑張って、これを見せられた私の身にもなって頂戴!」
一枚だけの手紙なのに、要件が四分の一読んでも見当たらなかった。
手紙を読み終えたように目に沿って折る私を制してメイベルが叫ぶものだから、退室を許されるまで控えている侍女も苦笑いしている。
要件に思える一文があったのは最後の二文ほど。
【メイベル嬢や娘に何かあったら我が家を使ってくれて構わない。君の剣と盾を借り受ける事が無いことを祈る。】
読み終えた私はメイベルに目を向ける。
感情の読めない表情を作った彼女は「そういうことよ。」とミルクを飲んだ。つまりはこの二文が理由だと言いたいらしい。
ハルバーティア伯爵家の権力を自由に使うことの見返りに、ガーライル伯爵家の武力を得られればという同盟のように見える文章。
「何かあったら助け合おうってことよね?」
「そうよ。わかるでしょう?私達に何かあれば我が家とハルバーティア伯爵家、曲がりなりにも2つの上流貴族が本気を出すということよ。その前段階として、精神面のケア要員が私ね。」
カップを置いたメイベルの途方に暮れるような笑顔に、これ以上言及するなという圧を感じた。
私達は知っている。貴族の本気とはその家のみに留まるわけがないということを。
一つの家の人脈が動かされ、繋がる先に思い浮かぶ顔ぶれは国家を容易に動かせるだろう。大半を娘の自慢の為に綴られた、こんな手紙一枚に爆弾が仕込んであるという異質な事態に、私は色々な意味で戦慄した。