黙っているのなら
泣かないで、そう言いたくなるほど歪んだ顔を見せる貴方に手を伸ばす。
それが触れる前に振り払われ、引っ込めた時に見せた貴方の後悔の表情にまたどうしようもなく手を伸ばす。
大丈夫、きっと心配いらないわ。だから…
「ね?だから正直に話して頂戴。」
「勘弁してくださいメイベル様あ…!!!」
情けなくも半泣きでその場に蹲るオレンジ頭に、私は堪えきれないため息を吐く。それに怯えるように肩を揺らすものだから『それでも騎士なの?』と言いかける口を汗を拭うふりをして手の甲で隠す。
あまり言い過ぎるのはいけない。目の前の男は大切な親友の剣となることを選んだ奴なのだから。
優しくて可愛くて大切な彼女の護衛を数刻とはいえ抜けてまで我が家に足を向ける理由がある。それを聞き出すには口ではなく徹底的で圧倒的な実力行使が望ましい。
「ねえラング。何故、今、ウチに来たのかしら?」
「言いません!!し、師匠は居ないんですか!?」
先日茶会も行われた広々とした庭をキョロキョロと見回してパパを探しているところ悪いけれど、パパは朝から居ない。
「生憎今日は騎士団の訓練に呼ばれたわ。」
パパについて行きたかったのに『まだ駄目だ。まず手加減を覚えてから。』と一蹴されてしまった。だからここにいるし、貴方に会えたのは幸運だったかもしれないけれど。
「だから私が要件を聞いてあげるって言っておりますのに、どうしてそんなに拒んでしまわれますの?」
「メイベル様に話したら、絶対に付いてこようとするじゃないですかあ!!リリ様にはここに来るの内緒なんですう!!」
主に内緒で剣の師を訪ねるなんて、それも優しいあの子の性格を考えるとある程度予想は出来る。
一つ、あの子の身に危険が迫っている。これはラングが彼女のそばを離れている時点で否定された。危険が迫っているのに護衛対象から離れる阿呆にパパが育てているはずないもの。
一つ、純粋な鍛錬。隠す必要が無い上に、ラングという男は自身の実力を隠すような器用な性格ではない。成人済みなことを疑ってしまうほど、何でも私の親友に話しているのを知っているわ。
一つ、厄介ごとの気配。これが一番可能性が高く野生の勘と言うべきか、犬に中身がそっくりなこの男は“鼻が利く”。あの子の周り、ハルバーティア伯爵家で何か起きようとしているのかもしれない。
何より、先程この男『付いてくる』と言った。
「ねえラング、何処に行くの?」
「へ?」
「私がついて行けば都合の悪い場所よね。」
私の言葉に顔を青くしたラングは、整えられた芝生の上で尻餅をついた状態のまま後ろへ下がる。それを追うことなど容易く、一歩距離を詰めて手に持った“相棒”で空を切れば「待ってくださいぃ!!」と目の前の男は軟弱な声を出して立ち上がった。
少しフラついているが、パパに仕込まれた姿勢で自身の帯びる剣に手をかけた。抜きはしない。それが我が家の流儀であり彼なりの『傷付ける気はありません』という意思表示だ。
「というか!俺に八つ当たりしないでくださいよお!」
「あら、何のことかしら?」
「師匠に騎士団に連れて行ってもらえなかったんでしょ!?それはメイベル様が相手を…っ!」
「…何か言いまして?」
「ぎゃああ!抜き身とか反則!酷い!!傷作ったらリリ様にバレる前にリンダ姐さんに叱られるぅううう!!」
半泣きでこちらを睨むラングに首を傾げて“相棒”を振れば、鞘で攻撃をいなされる。隠し事を話してくれればいいだけなのに、と考えながら彼に対してもう一度“相棒”を振るう。
本当は八つ当たりなんて、自分が一番良くわかっている。それはパパが騎士団に連れて行ってくれなかったからじゃない。ラングが隠し事をしているからでも無い。
彼が護る私の親友の周りに不穏な影があるのに、私には何も出来ないから。
『知られるまでは隠すこと。』
これはパパが私の為に課した約束。
あの子が私の隠し事に気付くまでは、“可愛い親友”で居られるように。『パパと約束していたの』と逃げられるように。
「…あの子が私を責めるわけ無いのに。」
「へ!?なにか言いましたあ!?」
攻撃をいなし続けていたランクが私の言葉を拾って声を上げた。けれど余裕が無いらしい彼はすぐに私の攻撃に口を噤み、私が何か言う前にいなすことに集中してしまう。それを見て考えるのは、心配かけまいと何かあっても私が聞くまで自分からは話さない彼女のこと。
今回もあの子は誰かの為に動くんだろう。そしてきっと、私は全てが終わったあとにそれを聞く。知られるまでは何も言わないと約束している私は、あの子に手を差し伸べる権利は無い。隠し事を暴く権利も無い。
だから。
「あの子に聞けないから、やっぱりラングに聞かなきゃ!!」
「なんのことすかぁあ!?」




