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既知と未知



「…なんてこと…」


「リリルフィア…?」







父の声が聞こえても、それに返す余裕はなかった。


思い出した記憶と現在の状況を照らし合わせて、不足している箇所を埋めることに必死だったからだ。


この記憶の内容は小説の進行に直接関わりのあるものではない。アルジェントの過去の一つとして描写されており、生き別れた“弟”に憎しみを向けられたアルジェントは弟の憎しみを胸に前へ進んでいる、というものだ。


アルジェントの過去を聞いてティサーナは彼に寄り添い、その姿に彼はティサーナを慕うようになる。そういった意味では重要な布石ではあるけども。


それはさておき、ここで問題なのが過去として描かれているのはアルジェントが15歳の時のことであり、この時弟は奴隷であるということ。










「リリー、リリー。」








アルジェントの弟は辛い奴隷生活を送っていた中で、小説には一度脱走を試みている描写があった。それが失敗に終わった為に苦しみは倍増し、兄へ憎しみを抱くようになるのだ。


その脱走が今ならば、ハルバーティア伯爵領に居る子爵家の探している奴隷はアルジェントの弟である可能性が高い。


身内が辛い目にあっていて平気な筈がない。確定ではないけれど、それを確かめるためにもどうにかして子爵家から探されている対象を…







「リリルフィア!!」


「っ!!」






ガクンと前後に体が揺れる。不意打ちに頭が動き、引き戻された意識に前を向けば眉間の寄った父の顔。


そこでやっと私は上の空だったことに気付いた。室内にいる誰もが私を見ていて、全員が心配している様子を全面に出しているのが申し訳ない。








「何か気になることがあるの?」


「は…」







父の言葉に肯定しようとしたけれど、口に出そうとしたところで思い直す。


誰もアルジェントの弟が奴隷であることは疎か、弟の存在すら知らない。奴隷になってしまった人々は大抵が肉親は居ないため、きっとアルジェントもそうだろうと決めつけている。


そんな皆に突然“アルジェントの弟かもしれない”と告げて、誰が信じるの。確定では無いことを、誰が調べてくれるの。









「いえ、何でもありませんわ。」








言わない。言えない。


私が知っていたとしてもそれは今現在起きていることでは無い。今まで小説の内容とは異なる出来事なんて多くあったし、私自身が小説の内容とは別の未来を望んで行動していた。


だからこそ、これから起きることが私の知るものでは無い可能性なんて大いにある。そんな不確定なものを声を大きく言えるわけがない。


中途半端に言葉を濁した私を誰もが不可解そうに見てくるけれど、言える事は考えれば考えるほど無くなっていく。


黙り込んだ私に、父は浅く息を吐くと「これからのことなんだけど」と話を進めてくれた。








「どんな人物でも、ハルバーティア領に足を踏み入れている以上は我々も関与する権利がある。だから一度、戻ろうと思って。」


「領にですか?」


「うん。幸い夜会は纏まって最盛期以降の開催だし、今回俺たち主催はしないからね。」








その言葉に光明を得た気がした。


直接は見られずとも、我が家で得た情報がいち早く入手出来る。一も二もなく頷く私に父は「落ち着いて。」と苦笑いしてリオンはどうするか問いかける。







「残っていてもいいよ?俺はリリルフィアと離れる気は無いから一人で残ることになるけど。」


「じ、分は…」







隣で座っている私を見たリオンは、目を伏せて暫く考えたかと思えば「残ります。」と短く決断を表明した。


その後に照れくさそうに頬を掻くと、視線を彷徨わせて言葉を続ける。








「招待とは違うのですが、同伴を求められている夜会がありまして。」


「「え!?」」


「…何ですか、その意外そうな反応。リリーまで。」








不機嫌な顔をしてこちらを睨むリオンだけれど、これは驚く。


人との接触を避けてきたリオンが、同伴を求められたことも驚きだが更に驚くべきはそれを私達に報告してくれたこと。


色々なことを隠す癖のあるリオンは普段なら『残ります。』と自分の意見を伝えるだけで終わりなのに。









「え!何処のご令嬢!?」


「令嬢じゃありません!!子息ですよ!」


「…ああ、なんだ友人ねえ。」









明らかに興味を失った父に口元をヒクつかせたリオンはチラリと私を見る。サッとリオンとは反対の方向を見たけれど、これはこれで父と同じ心情なのがバレバレだ。


まあ、隠すつもりも無いけれど。








「親子揃って邪推しないで頂きたい。まったく、先程までの緊張感はどうしたんだ…」







だって、あまり人と関わりたがらない再従兄弟に好い人が出来たのかと思ったんですもの。


心ではそう思ったけれど、呆れたようなリオンにこれを言うと更に呆れられそうだったので言わないことにした。


軽くなった部屋の空気のまま話し合いは再開し、私と父は一度領地へ戻ることに。早いほうが良いだろうということで、出立は2週間後となった。



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