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餌付けと策


普段から仕事の合間を縫うようにして時間を作ってくれていたのが、逆に私と会っている合間を縫うように仕事を軽く済ませていたと想像してほしい。


そして今日、私と父が半日程度全く会わなかったことから私は一つの単語を思い出した。


“リバウンド”


父は今現在進行系で、これになっている。








「落ち着かれましたか?」


「うん、心配かけたね。はいリリルフィア、あーん」







父の膝に乗せられ、口元に運ばれるムースを素直に貰う。


父の休憩用に用意されたティーセットなのに、既に茶会を楽しんだ私に与えようとするのはやめてほしい。けれど固辞しようとしたら「食べてくれないの…?」と悲しげに言われてしまったのだ。


せめて焼き菓子のような硬さは無くてお腹に貯まらないものを、と探した結果今に至る。







「ですがお父様、あまり頂いてしまうと夕食が入りませんわ。程々にお願いいたします。」


「うん。はい、あーん」







本当に分かっているのだろうか。


まあ、いざとなればジャニアとリンダがいるのでどうにかなると思いたい。自分の休憩は後回しで私にムースを運ぼうとする父に私から焼き菓子を持っていき、父の口に放り込む。


もぐもぐする姿を見てからソーサーを持ってカップを渡せば、父は両手で受け取ってくれた。あら、これで食べなくても済んだわ。






「それでお父様、お話ししてくださいますか?」


「…そうだったね。公爵夫人は挨拶不要だと仰ったらしいから俺は出なかったけど、何かあったの?」






焼き菓子と紅茶を飲み込んだ父が私の頭を撫でてくれる。


公爵夫人に本来挨拶をしなければならない父だけれど、私に公爵夫人が『急な訪問な上に非公式に近いもの。挨拶はまたの機会に。』と歓待を大袈裟にしないよう気を遣ってくださったのだ。








「お父様、我が領地に貴族の方が“人探し”に訪れておられるとか。」








目を細めた父から、この話は私に言うつもりがなかったけれど父は既に知っていたことが分かる。


領内の事は父を始めとする領地管理を行う大人の仕事であって、私のような子供に聞かせないことも当然だ。けれど聞かせるつもりのなかった事を他者から聞いてしまえば事情は変わる。


子供の耳にも入るほど、その事柄が公になりつつあるということだから。







「公爵夫人は他言しないことをお約束いただきました。何方から聞いたのかは伺っておりません。」


「恐らく公爵家の“耳聡い者”が仕入れた情報だろうね。子爵の方は親戚の旅行ということで予め領地に手紙は送られてきていたらしいし、無断の領地訪問ではないよ。“人探し”は本当のようだけれど。」








子爵の親戚が旅行でハルバーティア伯爵領に。


表向きにはそれで良いのだろうが、親戚であっても爵位を持つ者の血縁である以上主が不在と知って他家の領地へ足を運ぶことは非常識だ。


いくら手紙が送られていたとしても、シーズンで貴族が不在がちになるという事を分かっているのだから、空き巣のような印象になる。







「私達が王都に来ていることを知っているのは当然として、不在中にどなたを探しているのでしょう?」


「まだそこまでは分かっていないけど…」






言葉を切った父に顔を向ければ、心配そうな瞳と目があった。撫でる手が頬へ滑り、両手で包まれる。







「子爵家から逃げるような人物だということは確かだよ。」







その言葉の意味するところはいくつかあるが、可能性の高いものは2つ。


一つは『貴族から逃げるような後ろめたい行いを本人がした』

もう一つは『子爵から逃げなければならない状況に不本意に追いやられた者。』








「“旅行”という隠れ蓑を用意しているあたり、子爵家がその者に何かを強いて逃げられた可能性が高いでしょうか。」


「断定は出来ないけど、俺もその考えで家の者には警戒を指示しているよ。それと人探しに協力した領民には何を聞かれたか情報を集めておくようにと、相手の視線の先にも注意が必要だね。領地の者たちには、率先して人探しに助力してもらうのも手かな。」








父の言葉になるほど、と数度頷く。


相手の目的を早い段階で明確にしておけば、こちらもそれだけ動きやすいということだ。相手は私達がどう行動を起こしたとしても、領地へ足を踏み入れている以上荒事は避ける筈。


そこで気になるのが探した“後”どうするか。









「お父様、子爵家の探している方が見つかったとき、どうするおつもりですの?」







どんな人物か判らないが、もしも子爵家の者に虐げられていたとしたら、もしも子爵家に対して悪感情を持っていたら。我が領地で起こっている事なので無関係とは言えなくなってくるが、父はどう対処するつもりなのか。


膝の上で父を見上げれば、その瞳は凪いでいた。








「取れる行動は2つ。“拘束”か“保護”だね。子爵家の噂で良いものを聞かない今、探している対象者を子爵家が見つけたとしても状況によってはこちらで身柄を一度引き取ると思うよ。」








最善に思える父の言葉に私は頷く。


悪人だろうと善人だろうと、子爵家が他家の領地に足を踏み入れた以上それ相応の理由があるはず。それを知る権利が私達にはあるのだ。








「うん、首を突っ込むには率先して人探しに協力した方がいいかも。今すぐ連絡しよう。」







私を抱いたままティーセットを下げさせて代わりにレターセットを用意し始めた父。


抱かれるがままになっていた私は、父の行動よりも意外に荒々しかった言葉遣いのほうが気になるのだった。

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