後出しは反則
「あら、もうこんな時間。」
我に返ったメイベルは辺りを見回し、日の傾いて色が深くなった庭から時間の経過を知る。
夕暮れまではもう少しあるだろうが馬車でそれぞれ帰宅するには丁度いい時間だろう。「時間が経つのは早いわね。」と最後の紅茶をゆったりと飲んだメイベルは馬車をずっと待たせていることもあって、直ぐに立ち上がった。
反して公爵夫人は時間を指定して迎えが来るようにしているためか、メイベルを見送る視線を向けている。公爵夫人に準じる形で、私はその場に立つが外まで見送ることはしない。この場に身分の高い相手を置いていくという行為がとても失礼になるからだ。
因みに公爵夫人が座ったままなのもマナーに則った態度であって、招待客である公爵夫人が同じ招待客の身分が低い者を立って見送ることは、貴族として褒められる行いではないからだ。
細かく面倒なものも多いが、こうして私達貴族は他者と自身の線引を明確にしていることを考えると無下にもできない。
「それでは公爵夫人、御前失礼致しますわ。」
「お気になさらないで。ハルバーティア伯爵令嬢と、楽しく待たせてもらいますわ。」
帰宅の雰囲気を察した使用人の中から、トレビストがメイベルの案内をして馬車まで送る。
その背を見送ってから、私は椅子へ座り直した。
「今日はとても楽しかったわ。」
「そう言って頂けるとこちらも嬉しいです。私も特別な時間となりました。有益なお話も、ありがとうございます。」
マルデイッツ子爵の人探しについて示唆し頭を下げると、手振りで応えた公爵夫人は「もう一つ、良いかしら。」と表情を今までの柔らかなものとは違って固く真剣に言葉を紡ぐ。
「悪いことは言うつもりはないわ。ハルバーティア伯爵令嬢…いえ、リリルフィアさん。貴女はもう少し望んでもいいと思うの。」
「望む…ですか。」
何を望むのか。
今でも十分に恵まれた環境で、人々との関わりも多少の危うさはあるが良好。これ以上望めば過分な幸福は手に余る。
私の考えを察してか、公爵夫人ははしたないかどうかも気にすることなく椅子を私の隣に近づけて、カップを持っていた私の手を取った。
その柔らかさと暖かさに、何故だか居心地の悪さを感じる。父はもっと熱い手で剣を握るからか硬い。リンダはひんやりしている時が多くて、公爵夫人のような手を知らないからだろうか。
「友達、人脈、何でもいいの。是非とも、貴女の力になりたいと願う方々の手を振り払わないで頂戴。」
夫人の言葉に理解が追いつかない。振り払った覚えはない。まあ確かに、必要に迫られない限り受け身な自覚はある。だからか遠慮がちに近付いてくる方々は話をしていると、暫くしたら目の前から去っていく。
その人たちのことを言っているのかしら。それにしては夫人の言葉は今現在、『力になりたい』と強く願っている者がいるというように聞こえるのだけれど。
感情のままに首を傾げれば、考える素振りを見せた公爵夫人は「例えば…」と口を開いた。
「王弟でん「公爵夫人、お待ち下さい!!不用意にその方を出されては…!」あら、もしかして気付いていて?」
聞きたくないし、今聞くべきではない人物が挙がったことに心臓がキュッと締まる思いがした。
解っていても、まだ私はあの方とは会ったことがないことにしているのだ。実際自己紹介も挨拶も交わしていないのだから嘘ではない。
そんな方が『力になりたい』とは、公爵夫人が何を言いたいのかさっぱり分からなくなった。
「そのお方と私は言葉を交わしておりません。公爵夫人、何かの間違いでは…」
「『ポーカーが激強の嬢ちゃんが俺の正体を聞かずに“名無しの貴公子”とか不名誉すぎる愛称で呼んでくんだよお…』って愚痴られて煩わしいって甥から聞いたわ。」
「お、甥御様…?」
嫌な予感は当たるというもので、私が確かめるように聞き返すと公爵夫人はその美貌の全てを費やす様に笑う。その笑顔も、握る手も、美しい仕草からは想像出来ないほど有無を言わせない圧を感じた。流石は公爵夫人と言うべきか、自身の身の使い所は心得ておられるらしい。
公爵夫人の全てが『わかってるんでしょう?』と言っていた。
「兎のように真っ白な騎士、見たことあるでしょう?」
ある日は夜会にて正装で。またある日は武装して茶会にて。
あのお方に近い立場の人だろうとは予想していたけれど、確信に変わってしまう。まだ逃げられない私は、公爵夫人に更に追い打ちをかけられる。
「次の夜会、お父上とご出席されるなら覚悟しておいたほうが宜しくてよ。」
望んでいないと言えたら、どれだけ楽だろう。
公爵夫人が言った『望む』という言葉が、私が望むという意味で使われていない。私が望まずとも、周りが何故か歩み寄ってくれてしまうのだから。
とてつもなくはしたない言葉を並べて悪態をつきたくなるのを堪え、私は夫人に笑い返すしかなかった。




