蠱惑の勧め
誰もが“フラティ”を見つめ、大きめのポットの口からカップへと流れ出た花も文句を言うどころか大歓迎とばかりに喜びの声が湧き立っている。
「見てくださいませ!2つお花が!」
「本当ねシーナ。幸運の印かしら?」
「皆様もご覧になって!」
キステイン子爵令嬢からシーナと呼ばれている方は、自慢げにカップを少し浮かせて掲げ持つ。そして私達に見せてくれる姿は可愛らしく、ノイン男爵令嬢も同じ気持ちだったのか「可愛らしい方…」と微笑んでいた。
それぞれに配られた茶に口を付け、味の感想を言い合っていると徐にキステイン子爵令嬢が声を上げた。
「あら?そう言えばシーナ、貴女皆様に自己紹介していないわ。」
「まあ!!ご無礼をお許しくださいませ、重ねて略式での挨拶を失礼いたしますわ。」
急いでカップをソーサーへ戻した令嬢は、自身の胸に手を当てて目を伏せる。マナーとしては習わないその作法は、令嬢ではなく騎士や殿方に見られる作法でそれをする彼女の家は、ある程度絞られる。
「ゾディス男爵が次女、シーラ・ユイ・ゾディスと申します。我が家はホルク家に代々仕えておりまして、私も若輩ながらシエット様に仕えさせて頂いております。」
家同士が主従の関係になることは古い家ほどよくある事で、彼女たちもその間柄で出会って今も関係が続いているらしい。だからと言うべきかキステイン子爵令嬢がシーラを虐げるでもなく、シーラがキステイン子爵令嬢に頭が上がらないというわけでもない関係は、友人のような心地よい印象に映った。
「シーラの家が男爵家だからか、使用人というより幼馴染みのような感覚が強くて。何でも打ち明けられる友人のような。ね?」
「そうですね!シエット様の好きな殿方や嫌いなご令嬢なんか「シーラ?」いえ!色々知っているのですよ。ふふっ!」
ニコリと笑うキステイン子爵令嬢に漂う空気が冷えたところで、お茶とは違うワゴンがテーブルにやってきた。色とりどりの菓子類が乗せられたスイーツスタンドは花々のような鮮やかさで、話していた我々も見惚れるほど。
私はその中で薄い紫に染まるカップケーキを見つけた。
「全てお色が違うのね!」
「あちらのテーブルにはピンクの菓子がありますけれど、こちらにはありませんわね。」
「こ、ここのテーブルだけみたいです。紫のカップケーキ…」
令嬢たちの話を聞きつつ、ノイン男爵令嬢の言葉に私はテーブルを見回した。
確かに彼女の言うとおり、菫のような色のカップケーキはこのテーブルにのみ用意された、しかも一つだけのもののようで他には見当たらない。
誰もが言おうとして言わなかった言葉を発したのは、私の対面でこちらを見つめる彼女だった。
「ハルバーティア伯爵令嬢、この場で一番身分が高いのは貴女ですわ。どうです?綺麗な紫のカップケーキ。」
注目が私に集まる。
知っている言葉では『蠱惑な菫のケーキ』と表現されていたそれを勧められ、私は考える。
何が最善で、どうすれば良いのか。
「…お嬢様…?」
何も言わない私を、リンダが伺うように呼ぶ。
その声と、遠くからこちらを見るアニス、そして目の前で笑うキステイン子爵令嬢。
その隣の彼女の揺らぐ瞳を見て、私は頷いた。
「ええ、キステイン子爵令嬢が勧めてくださるのなら、そちらを頂きますわ。」
彼女の笑みが深まり、対照的に曇る隣の彼女。
対極の二人を見て、私は自分のすべきことを決めた。




