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書庫での遭遇


あの子が目覚めたと知らされたのは、起きて朝食を摂って様子を見に行こうかと考えていたときだった。


既に昼前の時間帯なので、どれだけあの子が衰弱していたのかが伺える。リンダによると手の空いていたジルがまず対面しているとのことで、私はもう少し時間を置いてから会ってみることにした。




「そのまま寝かせてしまったから、身支度や食事もまだよね?」


「はい。ジルがその辺も話していると思いますので、身支度の後にお嬢様とお会いすればよろしいかと。」




リンダの言葉に肯定して、身支度の後となると昼が回るかななんて考えながら私は予定を変更して書庫へ向かう。


十歳と言えど私は伯爵令嬢。勉強もあるし書庫には様々な本があるから楽しい。もう一度言おう、楽しい。


前の人生でも読書が大好きで自室はカラーボックスを用いた本棚で埋め尽くされていたけど、伯爵家なら書庫があるし読みきれないほどの本が既にある。その上にお父様が私の本好きを知っているので、あれやこれやと買い足してくれて今では第2書庫を建てることが検討されているくらいだ。


私の天国は、ハルバーティア伯爵邸にあった。




リンダを伴って廊下を歩いていると、前から歩いてきたのは一人の使用人。燕尾服を着た彼は私に気づくと慌てて脇へ寄り、ピシッと教わった型通りの礼をとろうとしている。




「もう少し、角度は弱くて大丈夫ですわ。」


「ふぁ…!?」




あまりにも深い礼が気になって通り抜けざまに声をかけると、奇声を上げて肩を揺らした。それが可笑しくて立ち止まると、おずおずと彼は顔を上げてしまう。




「トレビスト、主が声をかけても面を上げる許可ではありません。」


「ひゃいっ!!」




リンダの指摘によって再び上がった奇声に「トレビスト…」とリンダはこめかみを押さえていた。彼は最近雇ったらしい使用人で、現在はジャニアの下に就くべく修行中。男爵家の3男だそうで、父によれば警備職に入ってもらう予定だったらしいのだけど荒事が苦手で使用人になったようだ。


クリーム色のフワフワしたクセ毛を後ろで結んでおり、タレ目で優しそうな顔は確かに鎧よりも燕尾服だろう。




「ご苦労さま、頑張ってくださいまし。」


「お、お言葉恐縮ですっ!!」




角度は弱くと言ったのに、労りの言葉をかけると膝に顔が付くのではと思うほどペコペコ頭を下げた。私が場を後にすると、反対方向へ駆ける足音が聞こえ、「トレビスト!!」とリンダの叱責が飛んだ。




「…ジャニアに報告ですね。」


「あまり怒っちゃだめよ?」




「取り返しの付かないミスをしてしまう前に、小さなミスから矯正することが必要なのです。」とキッパリ言うリンダになるほどと頷いて返した。


優しく教えたり、これくらいなら大丈夫と思って指摘せずにいると本人の為にもならないだろう。流石はリンダ、23で伯爵の実娘付侍女になるだけはある。ちなみに先程のトレビストは18らしいので、まだまだ発展途上だろう。




「怒られるうちが花ってわけね。」


「勿論でございます。厳しさに耐えかねて屋敷を去る軟な者など、ジャニア様は初めから必要としておりませんので。」




使用人を束ねるジャニアは、お父様が爵位を継いで直ぐにお父様付の執事に昇格したらしい。それはお父様がジャニアの実力を買っていたからであり、使用人の全員がジャニアを推したからだ。


その時の人選に誤りなどなかったことは、私が産まれてから今までただの一度も内部の人間による問題ごとが起きていないことで明らかになっている。お父様付の執事に指名されたと同時に屋敷の使用人をまとめる立場となったジャニアは、新たに雇用する使用人に対して面接の後に短期間だけ研修という名の見極めをするのだとか。


それを以前リンダから聞いたときに『に、入社前研修…!?』とか密かに戦慄したのは言うまでもない。




リンダと和やかに話しながら、長い廊下を歩いて書庫に辿り着いた。自宅を移動するだけで十分な散歩になるなんて、ハルバーティア邸の広さには毎回呆れて物も言えない。しかも使用人は少数精鋭、現在住んでいるハルバーティア一族は私と父、それから…




「ああ、誰かと思えばリリーか。」


「ごきげんよう、リオンお兄様。」




前方から呼ばれた愛称に、私も笑って返す。

書庫の扉を開いて真っ先に見える本棚の前で、金髪と茶色の瞳が特徴の彼はこちらを見た。しかし、さして興味も無いように本へと視線を落とし、ゆっくりと頁をめくる動作に戻るのは何時もの事だ。


私も慣れた足取りで目的の本を選ぶためにリオンの後ろを通り抜け、本棚に収まる本たちに触れながら進む。


所定の場所で背表紙を眺めていると、目的の本は棚の上から二番目にあった。取ろうと手を伸ばすがカスリもしないどころか、そもそも何故取れると思ったと笑われそうなくらい届かない位置に、私はリンダが居るであろう後ろを振り返る。




「リ「これか。また年齢に不似合いなものを読むものだな。」」




目の前はリンダのお着せではなく、先程見た白いシャツで埋まった。


慌てて下がればトンと本棚に背が付き、顔を上げれば父や私とは違う茶色の瞳がこちらを見ていた。


その手には私の目当ての本があり、取ってくれたのは分かるが背の高いリオンの体と見下される状況はとてつもない圧迫感がある。


そして彼の呟いた『年齢に不似合いな』という言葉は聞き流すことにした。




「ありがとうございます、リオンお兄様。」




取ってくれた本を受け取ろうと手を伸ばすと、触れるか触れないかのところでスルリと本が上に上げられた。イタズラか、リオンには珍しいと上へ顔を上げれば、もっと珍しく不機嫌そうな顔があった。




「シハルヴァ建国記はお前の勉学の範囲外だろう。それよりシルヴェ史記かハルバーティア領の政務記録を読むべきだな。」


「その2点は読み終えましたわ。私が今欲しているのは安泰を築く現在のシルヴェ王国よりも、動乱の歴史と言われた前シハルヴァ王国の歴史ですので。」


「奴隷を匿ったそうだな。」




落とされた言葉に作っていた笑顔が剥げていく。


知らされていないだろうとは考えていなかったが、先程挨拶したときに何も言われなかったから興味が無いのかと思った。零れ出そうになる溜息を飲み込んで「それがどうかしましたか?」と問うとますます眉間に皺が寄っていく。




「捨て置け。」




取り返しがつかなくなる前に、というリオンの言葉は私の耳には入ってこなかった。



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