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小鳥を落とす風


それは昨年の茶会。それに夜会。それと…








「何ですの?私達の会話に割り込むだなんて。」


「あらあら…割り込むことは悪いこととご存知ですのねえ?先ほどトルロイ子爵令嬢とハルバーティア伯爵令嬢がお話しの最中に割って入ったのは、他でもない御自分ですのに!ねえ皆様?」








後ろへ体を少し向けた令嬢に呼応するように、他の令嬢たちが「私見ましたわ!」「そうですわ!」と同意を示す。









「それに聞いていましたら何です?オストレ伯爵の名を笠に着て、勝手に招待されても居ないこの場に来るわ、茶会の場を汚すように無礼を働くわ、ハルバーティア伯爵家の信頼が厚い使用人を貶めるわ、終いにはハルバーティア伯爵令嬢の御心を傷つけても無邪気に善人を気取って。厚顔無恥とは、このことを言うのですわね。」









突如始まった口撃は的確で、だからこそ間に入る隙も与えないそれはアンシェールの行いを全て指摘した。指摘されたアンシェールはポカンとした表情のまま、指摘した本人を見つめている。


そして暫くすると、眉尻を下げたアンシェールは唇を震わせた。








「…と、突然現れたかと思えば何ですの?わ、私は誰かも分からない方に責められる謂れはありませんわ…!!」


「先程はハルバーティア伯爵家の使用人の方に名を名乗ることを強要しておいて、今度は名を知らないからと逃げるのですね。」








言葉はキツいが、令嬢は柔らかな動きでその場に腰を落とした。フワリと髪が彼女の動きを演出するように揺れ、笑みを称えた口元が開かれる。







「キステイン子爵家が長女、シエット・ホルク・キステインですわ。以後、お見知り置きくださいませ。」







その自己紹介に、彼女のことを知らなかった面々は顔を青ざめさせる。キステイン子爵の地位こそ下級と見られるものだが、ここで私達貴族が注意すべきは階級ではなくホルクという家の名。


しかしそれに気付かぬ令嬢が一人、命知らずにも喜色を浮かべたことに私は驚かなかった。そして自分がそれを予想していたことこそに、驚きが胸に広がる。








「そう、そう!子爵の令嬢である貴女が伯爵家である私に物申すなんて、分不相応ではなくて?」








アンシェールの表情を見てしまった誰もが祈った言ってほしくなかった言葉を、彼女は高く興奮した声で言い放った。アンシェールが言っていた『親が子の監督をするもの』という言葉が、今現在彼女自身に返ってきている気がする。


私達の会話を聞いていたであろうキステインの令嬢は、冷淡だった瞳に憐れみの色を乗せてアンシェールを見た。








「無知とは残酷ですわね。お可哀想な貴女に教えて差し上げますわ。子爵という階級ではありますが、ホルクの家の祖父は侯爵家当主。そして現在、侯爵位を継承するのは私の兄だと侯爵家の誰もが認めておりますわ。」








侯爵家の家名がホルクであることは多くの人間の中で常識であり、現在侯爵家当主が60の後半でも元気に領地の経営に走り回っているのは有名だ。


侯爵には子が3人いたけれど長男は病で、長女は公爵家へ嫁ぎ、残ったのが子爵を既に賜っていた、キステイン子爵その人のみだった。


子爵を賜るほど優秀で、侯爵家の出でもある子爵を侯爵は呼び戻したが子爵の地位となった彼に継承権は認められない。しかし彼の嫡子は正当な侯爵家の血筋で、優秀と言われる子爵の息子である。


満場一致で継承問題の片付いた瞬間だったそうな。









「兄が侯爵を継いだ時には…あら、貴女と同じ境遇ですわね。」









アンシェールの放った一言一言に対して、目の前のキステインの令嬢はまるでナイフや針でも刺していくように言葉を紡いでいる。


その言葉の鋭利なこと。









「伯爵令嬢である貴女が、侯爵令嬢となる私に分不相応ではなくて?」


「私…私、キステイン子爵令嬢に何かしましたの?そのように意地悪を仰られるようなことを、しましたの…?」







誰が聞いても嫌味だと取れるキステインの令嬢の言葉選びに、アンシェールは瞳を涙に濡らす。それが頬を伝う様は可憐な令嬢でしかなくて、責められることに心を痛める少女でしかなかった。


そこに、先程自分が放った言葉たちへの後ろめたさなど、欠片も見られない。


先程までアンシェールに無邪気な言葉を投げかけられていた私とアニス、リンダは既に蚊帳の外となっていた。周りも震えるアンシェールと凛と立っているキステインの令嬢にしか目を向けておらず、私達は目を合わせてどうするかと首を撚るだけだ。







「しておりませんわね。そもそも、私の言葉を意地悪だと捉える時点で貴女様とお話できる気がしませんもの。」






先程までの口撃は何処へやら、キステインの令嬢は踵を返すと私達の方へ体を向けた。そして「お二人の邪魔をして申し訳ありませんでしたわ」と謝罪した。







「お困りのようにお見受けしましたので仲裁の真似事をしましたが、そろそろいい頃合いのようですわ。場はお二人にお返しいたします。」







どこから取り出したのか蓋の装飾が美しい懐中時計を開いたキステインの令嬢は、こちらにも見えるように時刻盤を見せてくれた。確かに茶会を始める時刻が近い。


パチンと懐中時計を閉じて、一度礼をしたキステインの令嬢は、そのまま他の令嬢と会場の隅へ歩いていった。








「…オストレ伯爵令嬢。茶会へ来て頂いたことは感謝しております。…皆様!本日はお越し下さり誠に嬉しく思います。テーブルのネームプレートにて席は指定とさせていただいておりますので、どうか楽しんで行ってくださいませ!」






アニスは無表情にアンシェールへ一言だけ言って、声を庭園へ響かせる。


曇りの中に緊張感のあった主催たちの様子が変わったことで、招待客たちも和やかな雰囲気でテーブルへ向かい始めた。


私もリンダに促されてテーブルへ進む。チラリと見たアンシェールは唇を噛み締めて俯いていた。




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