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違和感は幕前に


結局、目的地が近くだからとそのままふらふら進んでいったアルジェントを見送って、私は食堂へ辿り着く。


開けられた扉から中へ顔を出せば、既に父とリオンは席についていた。それぞれに挨拶を交わし、私も席につけば朝食が運ばれてくる。


明るい黄色に輝くスクランブルエッグ、瑞々しい野菜に白いソースのかかるサラダ、切られたバゲットはこんがりと炙られていて。








「…食欲が、湧かないわ…」







自分でも不思議なほどに、何時も楽しみにしている料理人が腕によりをかけて作ってくれる食事が、口へ運べない。


フォークを持ったまま動かない私を心配した父が「リリルフィア?」と席を立つ。


座ったままのリオンも食事の手を止めてこちらを見ていた。








「体調が悪い?」


「いいえ、そんなことは無いですわ。ですが、食欲が無いのです。」







食べ物を目にして自覚するとは何とも間抜けた話だけれど、フォークに刺したサラダを口に運ぼうとしても胸辺りから迫り上がるような感覚がするだけ。


父は私の首に手を当てたり、額に手を当てたりするが「特に熱は無いようだね…」と異変の原因は分からなかった。








「リリルフィアの部屋に侍医を。見立てによっては茶会は休むべきだよ。」


「そんな…食欲が無いだけで、他の異変はありませんのに…」







アニスと話せる数少ない機会。渋る私を父は「茶会で出される飲食物を口に出来なかったら、せっかく会えるアニスに迷惑をかけてしまうよ。」と諭す。茶会では言葉を交わすことよりも、お茶を飲み菓子を楽しむことで主催者へ催しを楽しんでいることを表現するのが我が国のマナー。


食欲が無いからと食べ物に手を付けなかったら『あの者は茶会に不満がある』と見做されてしまう。








「いいね、リリルフィア。侍医が休むように言ったら、いうことを聞くんだよ?」


「…はい、お父様。」








頭を撫でる父の手が何時もより優しく思える。それは私のアニスと会いたいという想いと迷惑はかけたくないという想い、2つの反する感情を察してのことだとわかった。


大人しく頷いた私を抱き上げて父は食堂を後にする。その直前に「すまないけど、もう朝食は下げてくれ。リオン、悪いけど先に行くね。」と指示とリオンへ言葉を飛ばす。リオンは父の言葉を受けて「お大事に!」と父の肩越しにリオンを見ている私と目があったので、手だけ振っておいた。









「ダルさは?睡眠はしっかり取ったの?」


「特にありませんわ。お父様より早く寝室に下がらせていただきましたし。」








今日のことを考えて身支度を整えたら本を読むこともなくベッドに横になったのだ。寝不足どころか起き上がったときのスッキリとした感覚はかなり健康的な目覚めだったと思う。


父に問われるまま答え、私自身も思い当たることを考えるのだけれど、思い浮かばない。


肩越しに後ろから私達に着いてきているリンダへ目を向けて問うが、「お側に居た間に目につくような事は御座いませんでした。」と首を横に振る。


部屋へ着いてベッドへ降ろされる頃には、父に着いてきていたジャニアも含めて4人で考えていたけれど、結局答えとなりそうな物は思いつかなかった。










「リリルフィアお嬢様、食欲不振と伺いましたが。」


「ああカルバ、よろしく頼むよ。」










部屋へ少し息切れしてやってきた侍医のカルバ。


白髪に白シャツ、白衣と上から下まで真っ白な初老のお爺ちゃん先生。お爺ちゃんと言うには腰も曲がっていないし体格も大きめなので、どちらかというと御者のジルに近いかも。


カルバは私の傍にある椅子に腰を下ろすと、布団に入らず座っていた私の手を取った。それから目を見て、首元、聴診器で胸元などテキパキと診察してくれる。








「…体に見た目の異常は見られませんな。別段変わったところも無いようです。」


「リリルフィアは今日茶会なんだ。行くのに問題は無いだろうか。」








カルバは難しい顔で少し黙ると、リンダを見て「同伴はリンダ嬢と聞いているが。」と話しかける。頷いたリンダに対してまた少し黙ると、カルバは私に向き直った。









「無理は禁物です。リンダには数種だけ薬草を煎じて持たせますので、何かあれば使うよう言っておきます。リリルフィアお嬢様は行きたいのですのね?」


「ええ。カルバとお父様が許してくれるのなら、アニスに会いたいわ。」


「原因が分からんので、精神的な圧迫も避けるべきですな。リリルフィアお嬢様のしたい事を優先致しましょう。」










カルバの言葉に父とリンダが深く頷く。


ということは、私は茶会に行っても良いらしい。カルバへ礼を言い、私は自身でゆっくりとベッドから立つ。動きにおかしな所が無いことを確認して、部屋に居る大人たちへ目を向けた。









「ゆっくり時間を掛けて準備を始めますわ。勿論、無理はしないと誓います。リンダ、見張っていて?」


「畏まりました。」








する気もないけれど無理はしない事を宣言し、監視をリンダに頼む。頭を下げて了承してくれたリンダは切り替えが早く、「そうと決まればお嬢様、お召し替え致しましょう。」と私の背を押した。


慌てて部屋から出る男性陣が可笑しくて、茶会当日なのに体調に不安を覚えてしまって、朝から色んな感情が混ざる思いだった。


何事も、無ければいいのだけれど。


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