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朝は曇天の幕に包まれて


「お早う御座います、お嬢様。」


「おはようリンダ。」





毎日交わされる挨拶に続いて、リンダが「茶会へは半刻の移動時間を目処に馬車を走らせるそうです。」と窓を見ている私に教えてくれた。


雨は降りこそしていないが、日の見えない空はいつ雨が降っても可笑しくない。そんな窓からの景色と今聞いた移動時間を考えると、準備の時間も見えてくる。








「昼前には支度を始めましょうか。」


「はい。そのように皆へ伝えます。」









リンダは返事をしてから私の普段着を用意して、取り敢えず準備までを過ごすために着替えるよう促す。彼女の手を借りて簡単なドレスを身につけると、手早く髪も三つ編みにしてくれた。長い髪は編んで後ろから前へ垂らしても胸下に届き、使用人たちの手入れのお陰で特別な事をしなくてもツヤツヤだ。


本来令嬢が支度をするには朝から茶会へ向かうまでの約半日、それでも足りないと言われる。


けれど私に時間を掛けて準備する体力と気力が無いことと、使用人たちの手際の良さ、そして女性の使用人たちからの『飾らなくてもお嬢様は魅力的です!!』との言葉を盾に、二刻半という他の令嬢が聞いたら目を剥くだろう準備時間の短縮が実現した。









「お父様とリオンお兄様はどうされているの?」


「お嬢様と朝食をと、それぞれに自室でお過ごしです。」


「いやだわ大変、直ぐに食堂へ向かいましょう。」









慌てて扉へ向かう私の先を行き扉を開けてくれるリンダが「お二人をお呼びいたしますので、そのように急がれずとも…」と言ったことで私の足はピタリと止まる。


寝起きだからだろうか、何時もより頭の回転が鈍い気がする。思わぬ早とちりに顔へ熱が集まってきて、それが見えたであろうリンダが微笑んだ。









「もう、笑わないで頂戴。」


「失礼致しました。お嬢様の普段は見られないお姿でしたもので。」








年齢に似合わない言動の自覚がある為に強く否定できない。けれど後から続いた「お可愛らしいです。」という発言については全力で否を唱えよう。








「淑女として落ち着いた行動を求められているのに、こんなことじゃ駄目だわ。」


「そのような事はございません。ボリュームを落とした為に歩き難いドレスをものともしない足捌き、私の言葉を聞いてからの判断、どちらも私は冷静で無いと出来ぬ行動に思いました。」








リンダからの褒め言葉に私は思わずドレスを見る。


コルセットを必要としない、胸下からふんわりとスカート部分に切り替わっているそれは、ボリュームのあるパニエを履いている為かAラインの形を保っており、くるりと回ればスカートは大きく広がるだろう。


良くもまあ咄嗟にそんな褒め言葉が浮かぶものだ。








「ありがとう。でもそろそろ行きましょう、本当にお待たせしてしまうわ。」


「はい。お嬢様。」







開かれた扉から今度はゆったりと退室して、廊下に出る。曇りのため日の差さない廊下は暗い。そのまま進んでいると、曲がり角のあたりで私よりも少し高い影が飛び出した。








「きゃっ!」


「うわわっ!!ごめんなさっ…!!」







バサバサという紙類の落ちる音と、中途半端に途切れた謝罪の声。顔を上げれば目を見開いた銀髪の使用人が「お嬢様!!申し訳ありません!!」と頭を下げた。


それにあわせて先程もしたバサバサという音が響き、廊下に紙や本が散らばる。







「あらあら…」


「何をしているのですアルジェント。」


「申し訳ありませんっ!!!」






散らばった紙を一枚拾えば、見慣れない数字の羅列や時間ごとに長文が記された一覧。一番上に書かれた使用人の名を見るに、彼らの日程だろう。


一枚、また一枚と拾っていくと「お嬢様のお手を煩わせるわけには!!」とアルジェントが止める。








「あら、どうせ廊下はこの紙たちで通れないもの。私達で拾ってしまった方が早いわ。」


「お嬢様…」







頭痛を耐えるようなリンダに笑い、迷っているアルジェントを他所に拾っていく。すると直ぐにリンダは一緒に書類を拾い始め、アルジェントも私達を見て「申し訳ありません!申し訳ありません!!」と謝りながら書類を掻き集めた。







「お手数をおかけいたしました…」






拾い終えて積み上がった書類を抱えて、立ち上がったアルジェント。それを見た私は何故アルジェントが私とぶつかったのかを悟る。


積み上がった書類や本はグラグラと揺れ、それを押さえることに必死なアルジェントは目を上に向けてヨタヨタとしている。頭上まで積み上がっているのだから、前が死角になってしまうのも無理はない。









「…アルジェント…」


「は、はい、お嬢様。」


「ワゴンは無かったの?」






給仕をする際にも用いられる、4つ車輪のついた押し車。


私の問いかけにアルジェントはピタリと動きを止めた。


それによって傾いた書類がまた散らばりそうになったのを、リンダが呆れたように息を吐きながら止めていた。





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