主旨は違えど
「初めから貴方は爵位を欲していた。それは何故?」
「それは…」
「今回のような事が起きたときに、守れるようにでは無いの?なのに動けないだなんて、情け無いわね。」
容赦の無いメイベルの言葉に俯いてしまったラング。
ソファに座ったままことの成り行きを見ていた私だけれど、心配になって私も部屋の隅へ行き、メイベルの隣に立った。俯くラングの顔を覗き込めば、唇を噛んで悔しそうな彼の顔があった。
「ラング。」
「リリ様、俺は…」
顔を上げて口を開くラングだけれど私の名を呼んでからその先が紡がれず、はくはくと唇が動くだけ。
眉を垂らして情けない表情の彼の言葉を待つと、深呼吸の後ラングの声は聞こえた。
「…子爵を、賜っても実感がありません。自分から得ようと目標にしていたのに、その価値も意味も重さも、全然分かってなかったんです!め、メイベル嬢に言われても、まだよくわかんないし!!」
「わからないのね!?」
「わかりませんよお!!メイベル嬢のイジワル!!」
途端に抜けた緊張感から、メイベルは息を吐く。
そして呆れた様子で「剣だけじゃなく、貴族としての教養も必要なのではなくて?」とラングと私を見て言ったので、私は思わず目を逸らす。
何というか、前々からラングは深く考えることを苦手としている。本を読めば2行で瞼が重くなるらしいくらいには、体を動かしている方が楽しいのだとか。
「…ラング、今度ジャニアに言っておくわ。」
「ええ!?嫌です!!」
「そんな心構えでリリルフィアを守ることは許さないわよ!!イエニスト子爵、貴方は貴族について知らなすぎるのよ!!」
知らないから馴れることが難しい。知らないから動けない。メイベルの言葉はラングの現状を的確に指摘していた。そしてその指摘に対して対策を考えねばならないのはラングだけでなく、雇用主の私も同じこと。
「ラング、今回の件を私は責める気がないわ。お父様と私で対処できた事だし、荒事ではなかったのだから。けれど、これからもそうとは限らないわ。」
私の言葉にラングは眉を寄せる。
彼も分かっているのだ。以前父が言っていた『優秀な者が必要なほど、危険はない』という言葉が本当に言葉のままの意味であることを。
ラングは子爵を賜るような、2年で騎士団の中で功績を残すような、かなり優秀な騎士だ。そんな彼が必要ないハルバーティア伯爵家。逆に言えばそれは、『ラング以下の護衛なら必要な場合がある』ということで。
貴族にそういったゴタゴタは付きもので、もっと身近な出来事で言えばレイリアーネとの出会いも、相手が違ったら護衛が必要な一例だ。
「ラング、危機感の薄い貴方に教えてあげる。リリルフィアは私と違って夜会へ出席する分、殿方の目を集める機会も多いの。貴方も見た筈よ、ハルバーティア伯爵とダンスを踊ったらしい時、ダンスを終えた後のマルデイッツ子爵令嬢との諍いの時、周りはどうだったの?」
父に見惚れる令嬢たちが多くいた。そして同じように、あまり自分では公言したくないけれど私へ向けられる目も確かにあって。
話を持ち出すメイベルを少し睨むと「今後、もっと増えますわよ。」と嫌な予言めいた言葉が返された。
「リリ様お綺麗ですもんねえ。」
「身の危険は相手の嫌悪や憎悪から来るものだけではないわ。好意や愛故にと狂気的な考えを持つ方々もいることを、知っておくことね。可愛いリリルフィアがどんな殿方も魅了してしまうのよ!危険も多いわ!!」
「はい!!」
メイベルの言葉にラングは強く頷いた。
その力強い目は良いのだけれど…何かが違う気がするわ。
私の考えを見透かしたように、何時の間にか側で控えていたリンダが「お嬢様、主旨は違ってもお護りするという本筋は違えておりません。」と耳打ちして来たものだから、強く咎められなかった。
私の周り、少し変わった子が多いわ。