友人の叱責
「それで、マルデイッツ子爵令嬢とはどうなりましたの?」
ガーライル伯爵の夜会から数日。
今現在ハルバーティア伯爵家のタウンハウスには、メイベルと彼女の側仕えの侍女が一人訪れていた。
美味しそうに焼菓子を口にしながらメイベルが聞くのは、もちろん先日の夜会であったこと。
どうなったも何も、父の言葉に動けなくなった令嬢を気にすることもなく私達はラングと合流。その後はガーライル伯爵夫妻と共に夜会を過ごした。
それをそのまま言えば、メイベルはクスリと嗤って紅茶を飲む。
「ハルバーティア伯爵からリリルフィアを離そうとするだなんて、命が惜しくないのでしょうか。」
「命だなんて、大袈裟ですわ。」
「甘いですわリリルフィア。貴女のお父上はダンスを利用して親子の仲の良さをアピールしつつ、周りに牽制するような方ですのよ。公爵子息との婚約の打診をスッパリ切り捨てるほどに身分に頓着しないですし。」
ダンスは夜会に出たら一度は踊るものだし、あの日父と踊ったときにはラングに気が散っていて気がついたら終わっていた。全く思いもしなかった父の思惑云々について聞き直せば、メイベルは「パパが言っていたわ」と教えてくれた。
そして、何処から入手したのかハルバーティア伯爵家とパルフェット公爵家の縁談の話がメイベルにまで知られている。王族であるレイリアーネさえ知らなかった情報を彼女が知っていることは疑問だけれど、深く聞くと藪から蛇が出かねない。
私は一口紅茶を飲んでから公爵子息との縁談について「その件はお父様に任せていますの。」と判断は投げたことを自白する。
「あら、それは正解ですわね。リリルフィアが公爵へ優しさを見せたりすれば、嫉妬で伯爵の機嫌が悪くなって影響の範囲は広くなりますもの。公爵子息が噛みつかれてしまうわ。」
私の父は獣か何かでしょうか。
『噛みつく』という言葉が比喩だと解っていても、そう思わずにはいられないほどメイベルの言葉は父が人間だと思っていないような口ぶりに聞こえた。
「…それにしても、剣を捧げた身でありながら満足に主を守れないだなんて。鍛え方が足りないのではなくて?」
話の内容をガラリと変えて冷ややかに部屋の隅へ目を向けたメイベル。視線の先には心なしかオレンジの髪のボリュームが減っている気がするラングが居た。彼はメイベルの視線から逃れるように身を捩り、気まずそうに帯びる剣に触れる。
その姿すら、メイベルには目を細めるほど気に入らないものだったようだ。
「聞いていますの?イエニスト子爵、貴方に言っていてよ。リリルフィアの傍から離れてまで爵位を賜るために騎士団へ入ったというのに、夜会でボーッとするために子爵を得たんですの?」
「メイベル、言い過ぎですわ。馴れない場で身動きがとれないのは「リリルフィアは少しお黙りになって。」」
ラングが既に父とガーライル伯爵から説教のようなものを受けていると知っている。そして彼が子犬のように「リリ様、申し訳ありませんでした…」と3日ほど後悔に苛まれていたことも。
怯えていたアルジェントがラングを慰めるくらいには、彼の姿は鬱々としていて周りの同情を誘っていた。そして今日、漸くこうして直立で部屋の隅に控えられるまでに回復したのだ。
そんなことはお構いなしにメイベルは私の言葉を遮って立ち上がり、ラングの目の前まで歩いた。
目を伏せて黙礼するラングに対して、メイベルは何時もの柔らかな表情を険しくして彼の頭を見下ろす。
「私、言いましたわよね。『リリルフィアに剣を捧げるおつもりなら、あの子が自らそれを抜こうとする前に貴方が剣を振るいなさい。』って。」
聞いたことのない言葉に、私はメイベルとラングのやり取りを眺める。
貴族という舞台を同じくしてもラングはメイベルに頭が上がらないようだ。それはガーライル伯爵が彼の師であることも理由の一つだけれど、元々ラングが平民であることが大きく割合を占めているだろう。
長きに渡り階級社会として人々に根付いた観念は、本人の立場が変わっても消えることは無いらしい。
「貴方は子爵でしょう。マルデイッツ子爵令嬢と階級を同じくして、イエニストを賜った当主である時点で我々令嬢達に言葉を向ける権利があるの。リリルフィアに雇われる前、言われたのではなくて?“子爵なのに、何故雇われようとするのか?”とか。」
メイベルの言葉はリオンも言っていた。
貴族の屋敷で貴族家の生まれの者が雇われるのはよくあることだ。それは身分が保証されていることと、教育の面が大きく関わっているらしい。そして同時に、その者が『家を継ぐことになりまして。』と辞めることも無い話ではない。
それは元々その者が爵位を継ぐ予定でなかった次男や三男で、後継者が訳あってその者たちに移ることで職を辞さなければならなくなったからだ。
「当主だから雇われてはいけない訳ではないわ。近衛の中には公爵家の当主と兼任する方も居られるみたいですし。私が言いたいのは、爵位を持つ者が雇われることに対して疑問を持たれるほど、当主という立場が高いということよ。夜会で、マルデイッツ子爵令嬢から伯爵とリリルフィアを庇えるくらいにはね。」
その言葉にラングは自身の持つ剣の柄を固く握りしめた。




