衝撃と困惑の舞曲
話している内に、流れる曲は夜会のプログラムの中盤に差し掛かっているようだった。徐に父が私の手を少し上げて自身は礼をすると「一曲お相手願えますか?レディ。」とウインクして見せる。
それに対して周りが少々賑やかになったのは言うまでもない。
「光栄ですわ。」
「ではお手を。じゃあマック、踊ってくるよ。」
応えるように腰を落とした私へ腕を差し出したので、それに掴まってガーライル伯爵夫妻へ目を向けた。夫妻は微笑ましげな視線で送り出してくれたので、父と二人で会場中央のダンスを踊れる場所へ行く。
腕を組み歩く私達はそれなりに人目を引くようで、周りが道を開けるように私達から距離を取る。歩きやすいけれど、父を見て頬を染めてから私へ拗ねたような視線を向けるのはやめて頂きたいものだ。
「リリルフィア、見られてるよ。」
「お父様が、ですわ。パートナーを差し置いて視線を向けられているご自覚はありますでしょう?」
たまたま視線を向けた一組の男女は、ポワッと頬を染めて父を見る女性に男性が焦った様子で肘を突付いている。彼らの関係性は定かではないけれど、他の男性に目を向ける事を咎めていることは確かだ。
「俺にはリリルフィアが居れば十分だから。他の女性は気にならないかな。それよりも、リリルフィアを見る人たちには注意しとかないとね。」
キラリと瞳を光らせた父が、ダンスに適した場所へ着いたのを良いことに私の手を急に引く。バランスを崩した私は抵抗も無く父の腕に囲われるように支えられ、タイミング良く曲も始まった。
せめてアイコンタクトとか、何か合図をしてくれれば良かったのに。文句を言う前に父は滑らかな動きでステップを踏み始め、腰に手を添えて私を導く。それに従って父の腕に手をやれば「あ。」と父が私とは別の場所を見て声を上げた。
何事かと父を見ると「リリルフィア、あれ。」とクルリと方向転換の為に私の手を取って回す。流れる視界に見えたのは、招待されているだろうと予想していた人物。オレンジ色の髪は目立つなあと思った直後、回転し終えた私は気が逸れたせいかステップを踏み間違えそうだった。
「一人のようですわね。」
「俺たちに声を掛ければいいのに。」
何故彼は一人で立っているだけなのだ、と首を傾げる父に私も頷く。
夜会も中盤、ガーライル伯爵が先程私たちとラングの様子を聞いてきたことを考えると彼はまだ伯爵に挨拶を終えていないのだろう。一人で、挨拶も終えていないのに、その上誰と交流するでもなくあの場に立っているだけだなんて、何をしているんだと叱責したくなる。
「こちらには気付いているみたいですね。」
「目で追ってるもんね。」
大きく動いた体は父に足が浮く程度に持ち上げられ、クルリと回る。そして次には父が体を前に倒していたので私は後ろへ反らすことになり、難なく支える父に身を任せてそのまま背を倒す。
父に導かれるままステップの合間に技を入れている間も、私の意識は何故ラングがあの場から動こうとしていないのかという疑問で埋め尽くされていた。
父がターンの方向を変えて、時折私を浮かせるようにしてクルリと回る。そして腰の支えが消えたかと思ったら私の手を高く持ち上げて私自身をクルリと回す。
暫くすれば、脇に手が入ってグッと体が持ち上がった。
「リリルフィア、終わったよ?」
父の声に顔を上げれば、私は父の腕に座っていた。ドレスのぶん重くて体積も大きくなっているはずなのに、父は平然と私を抱えて歩いている。
歩く方向にはオレンジ。
しかしそこに行き着く前に、行く手は絢爛豪華なドレスの花によって遮られた。
「ハルバーティア伯爵、お久しぶりにございます!」
「…ああ。久しいですね、マルデイッツ子爵令嬢。」
扇で口元を隠し、見える目元を柔らかく細め、私と父を交互に見る令嬢は父と近い年齢に見える。
挨拶しようと父の肩を叩いて下ろすよう願っても、ぎゅうとドレスで隠れているだろう父の両腕が私を抱く力を強めただけだった。
「ハルバーティア伯爵、はしたない行いとは承知の上でお願いがありますの。次のダンス、是非とも私の手を取って頂けませんこと?」
手の甲を上にして父へ差し出されたそれは、しなやかなで白く美しい筈なのに私には一点の濁りが見えるようだった。少しして動かない父に目を細め、次いでご令嬢は父に抱かれる私を見る。
「お手が塞がっておりますわね、これでは取りたくとも手を取れませんわ。お可哀想なハルバーティア伯爵。」
ご令嬢の言葉は誰が聞いても眉を寄せただろう。
自身の手を取るだろうという過信、暗に私が『邪魔』と告げた上に父の心情を決めつけて憐れむ姿は私達二人に対する侮蔑に他ならない。
父を見れば、その瞳は先程のダンスの余韻など彼方へと消え、何も感情を見せぬようにと沈んだ深海のようだった。