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無表情は得意技


笑い続ける貴公子を眺めること数分。


深呼吸に変わった彼を見て、そう言えばこの方の笑いが治まるまで待つ必要はなかったと今更ながら思ってしまう。


けれど眼の前の方になんの断りもなくこの場から離れることはマナー違反であるし、断りを入れれば止められるのは確実。結局、息を整えて「あー、笑った…」と余韻に浸っているお方を目を眇めて見るしかなかった。







「はあ…それで、何だったっけ?」


「無神経な殿方との距離はこの程度で十分ということを話しておりましたわ。」







笑っている間に横へ三歩ズレておき、そこから私が説明すれば「何か辛辣になったな…」と顔を上げた貴公子は何度目かになる頬を引き攣らせ、私と彼との間にある距離を交互に見る。









「離れてね?」


「気の所為ですわ。」








「いやいや、離れてるだろ!」と不満気な貴公子を無視して、私は点々と照らされるガーライル伯爵邸の庭園を眺める。


暗くなる前は茶会をしていた場所が、今は薄暗く幻想的な雰囲気を演出しており春を待つ花々が咲けばそれは美しいものとなるだろうと思わせた。








「今回はトランプ持ってきてねえわ。」


「社交の場に持ってきておられる方が不思議ですわ。」






いつの間にか、彼との距離が五歩分詰まっていた。


前回も何故トランプがあるのか不思議だったのだけれど、今の話し方からして横に居る貴公子が持ってきたようだった。









一度だけと思って名無しの貴公子の暇つぶしに付き合ったわけだけれど、初手から私はフルハウスというなかなか良い手札を引けた。チップの無いポーカーではその場のルールを適用させることが多く、貴公子は『棄権した人の手札が本当に弱ければドロー、強ければ負け』というルールを追加していた。


なので相手がどんな役を持てたかが賭けのポーカーよりも重要になる。







『レディは、強い役かな?』


『どうでしょう。』







探りを入れてきた貴公子に返せば、暫くして彼は手札を一枚交換した。


私はそのまま続行を選択し、二人で同時に手札を見せ合う。すぐに手札を明かした貴公子はストレート。交換して望んだ手札が引けた彼は素直にすごい。


私はスッと自身の手札をテーブルに置いた。






『ふ、フルハウス…』


『私の勝ち、ですわ。』






扇を開いて口元を隠す。それを見た貴公子は眉間に皺を寄せて悔しそうにしたので、こんな顔もするのだなと貴公子の完全無欠な印象が薄れた。






『それでは私は『もう一度、お相手願えないだろうか?』…え…ええ。』






本当はその時点で辞めておけば良かったのに、私は彼の勢いに負けたのと、ハルバーティア伯爵家ではあまりしないカードゲームが楽しかったために、上げかけていた腰を椅子へ戻してしまった。







『棄権しますわ。』


『はは、残念。ワンペアだよ。』


『良かったですわ。何も役がなかったので。』






『フォーカードだ。』


『ストレートフラッシュが出来ました。』





『…棄権する。』


『ツーペアですわ。』


『スリーカードだったのに…!!』







貴公子の『あと一回』が何度かあった数十回目。ついに貴公子は悔しそうにトランプをテーブルに叩きつけた。役が微妙で保険をかけたら敗北、という悔しい負けとなったから仕方がないのだけれど勝負を重ねるごとに貴公子の表情は不機嫌に、仕草は荒々しく、口調は初めの丁寧さが嘘のようだった。







『良い役のときに目を伏せてたじゃねえか!』


『ブラフですもの。』






ピタリと彼の動きが止まり、私を見て、トランプを見て、もう一度私を見た彼の表情は『何こいつ』と言っていた。被っていたらしい随分と大人しい猫はどこかへ行ってしまったようで、傍らに置いていたボトルからワインを注ぎ足して一気に煽っている。






『可愛げが無い。』


『貴方様も、最初の紳士さは影も形も。』





ありません。と言外に告げれば、自覚はあったのか彼はグラスをくるりと回してニヤリと笑うだけだった。











「持ってきてたら、またしてくれたか?」


「どうでしょう、あの日と同じようには出来なかったかと思いますわ。」






言葉の意味を、彼は分かっているだろうか。


あの日に別れる直前、腰を落として御前を去ると態度で示した私に彼は名を告げなかった。私の名前を知ることも拒み、私達は『知らない人とカードゲームに興じた』という事実だけを胸に別れたのだ。


それが今日、名無しの貴公子は名前も知らない私に話しかけ、まるで知り合いのように接してくる。名前も知らないのに。


それがどれだけ曖昧で、互いの地位を揺るがす恐れがあるか。






「私達の素性を知る人が見て、この状況はどう映るのでしょう。それを考えると気が進みませんもの。」


「ほお、嬢ちゃんはそんなことを気にするようなお嬢さんだったか。意外だな。」






意外、と思われるほど彼と過ごした時間は長くない。たとえこの名無しの貴公子が私の素性を知っていても、接した時間自体は昨年と今しかないのだから、それだけで私の人間性を測られるのは少し嫌だ。






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