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足枷の呪い


「ゔ…んもおぉ!わかったよ!!俺の負け!!」



貴族らしくない所作でぐしゃぐしゃと髪を掻きむしった父は、「ジル!」と八つ当たりするように乱暴に御者を呼んだ。



「馬車にこの子を運べ。屋敷へ帰る。」


「はい。」



ジルは自身の上着を未だ起きもしない子に掛け、抱き上げる。少し投げるように高めに持ち上がったのは、きっと想像以上の軽さだったのだろう。

奴隷の子をしっかりと抱き上げたのを確認した父は私を抱き上げて「可愛いは罪だ。あんなに可愛いリリルフィアのお願いを聞かないなんて父様ができるわけ無いだろう。何時も可愛くて困っているのにあんな、あんな…」なんてブツブツ言いながら歩き出した。



「お父様、ありがとうございます。」


「…リリーのためだからね。」



ふいっと顔を背けた父の耳は赤い。照れているのか悔しいのか、取り敢えず私は父の首に抱きついて感謝の意思を行動で示しておいた。


離したら父がこちらを見ていて、私はお揃いの瞳と目を合わせる。



「もう一回。」


「帰ってからですわ。」



今度は私が父から顔を背けた。


馬車の中で私は父の横に座り、目の前の子を観察する。


起きているのかよくわからないが息はしていて、細い腕と足は土で汚れている。黒い跡が輪のように足首にあり、父はそれを見てから私に視線を移したのを感じる。



「それで、証拠隠滅って?」


「この黒い跡を消すのですわ。」


「“枷の呪い”を、消す…?」



知らない単語に私は父を見た。

厳しい目をして何やら考えている父がピクリと眉を上げて「“枷の呪い”を知らない…か…」と何やら納得したような顔で教えてくれた。



「“枷の呪い”は奴隷の証拠である枷の下に出来るこの黒い跡のこと。これは奴隷から解放された幸運な者にも残り続けることで、『一生奴隷から逃れられない』という忌まわしき呪いと言われているんだ。」



実際、逃げ出した奴隷を捕まえる目印になったり、この呪いが消えない者が解放されたのにも関わらず再び奴隷として売られることもあるのだとか。


何故つくのかも、何故消えないのかも解らない。人々はその呪いを恐れて忌み嫌う。奴隷を嫌悪するのとは別の意味で、奴隷に近寄りだがらない者は多いらしかった。



「リリルフィア、これは消えるものではない。消えるのなら解放された者達だけでも救えるけど…」



父はそれきり、私の言葉を待つように黙り込んでしまった。私は私で父の言葉を頭に刻み、ただ目の前の子を見つめて記憶を整理するのに忙しかったので、結局屋敷に戻るまで馬車の中は静かだった。




「おかえりなさいませ旦那様、お嬢様。」



出迎えてくれたのは父付きの執事のジャニア。以前バスケットたっぷりのお菓子という賄賂をくれたのは彼だ。

ジャニアは父と私の表情からなにかあったと察したようで、切れ長の瞳を更に細めて眉も片方上がった。



「ジルは子を。全ての指示はリリルフィアに聞くように。リリルフィア、できるね?」


「はい、お父様。」



父の指示で奴隷の子を抱えたジルと、父が私にこれからどうするのかと問うように目を向けた一連の空気を的確に読み取ったジャニアは、一言「急でしたら使用人の空き部屋が。」とだけ誰にともなく言ってから先に屋敷へ入っていった。


優秀すぎる、執事ジャニア。



「ジル、まずはそのまま部屋に寝かせて。それと…リンダ。」


「はい、お嬢様。」



スッと一歩前に出たのは私付きの侍女、リンダ。


彼女の穏やかな笑顔が大好きなのだが、この事態にそんな笑みを見せてくれるわけはないので私はリンダに「お湯と塩、ビネガーの準備を。それと布も。」と告げた。



「塩と…ビネガー、でございますか?」


「ええ。理由は後で説明するから今は早く用意を。お湯は火傷しないように温めるだけでいいわ。布も何でもいいから。」



言うが早いか私はジルを伴って屋敷に入る。まずは黒い跡のことよりも先に奴隷の子の容態が気にかかる。

私の心配が分かったのか、後ろからジルが「息はしております。荒くはないので急に事切れたりはしませんよ。」と飾りない言葉で教えてくれた。


使用人たちの部屋は玄関向かって左から入る棟に纏められているので私でも迷子になることはない。



「お嬢様、こちらです。」


「ありがとう。ジルはもう仕事に戻って、ジャニアは誰か人を寄越して頂戴。」


「いえ。リンダがお嬢様の補助をするのであれば、私がこのままその者を診させていただきます。」



一室の扉を開けて立っていたジャニアの横を通りざまに指示を出す。速やかにジルは奴隷の子をベッドへ運ぶとジャニアは容態を見てくれた。

奴隷の子の手首を持ち、目元を指で触れたり頬の状態を確認する様はリリルフィアという名前になって初めて目にする光景だ。



「お嬢様、用意できました。」



開け放った扉から布を持ったリンダと、その後ろから金属のボールとビネガーや塩であろう瓶を持った侍女が二人入る。


ジャニアが容態を診ている子に目を留め、一人の侍女が眉を寄せた。そして足首に目が移ったかと思えば、更に剣呑な目になる。嫌がるような、不気味なものを見るようなその眼差しに、モヤッとした感情が湧いてくる。


ああ、この侍女はこの場には居ない方がいいみたいね。



「リンダ、ユレナは下げていいわ。」



私の言葉に疑問の色を見せたリンダだったけど、ユレナに目を向けて分かったのかすぐに彼女を下げた。もう一人の侍女ガブリルをどうするか聞かれたので、彼女は残ってもらうように指示を出した。



「申し訳ありませんお嬢様。後でユレナにはきちんと…」


「咎めはしないわ。けれど、表情が出やすいのは彼女にも得にはならないでしょう。その所だけはよろしくね。」



父の言うとおり黒い跡を見るだけでも人によっては奴隷と同じと見る者がいることが実証された。ならば早くどうにかしてあげたい。


リンダ達の持ってきてくれたお湯等は据え置きのテーブルに置いてもらった。



「ジャニア、この子の具合はどう?」


「衰弱しておりますが眠っている状態のようなので、お嬢様がなされる事に支障はないかと。」



その言葉を聞いて安心した。状態によっては医師に見せるが先かとも思ったが、黒い跡をキレイにしてからでよさそうだ。


さあ、呪いを解いてしまいましょう。



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