私たちの組曲
想いを伝えあったことを考えると、顔を見つめ続けるのも照れくさく、握った手はそのままに私はアルジェントから視線を外す。
そうして思い浮かべるのは、これからどうすべきかということだ。父の隠し事の正体は、言われずともアルジェントと私の婚約であることは明白。コルストン公爵家とハルバーティア伯爵家の両家が手を取り合う形となるのだから、秘密裏に事を進めなければならなかったのも理解できた。
何より思い出されるのは、隠し事が増え始めたきっかけのような日、国王から褒美を賜ったあの日。父たちは確かにこう言っていた。
『令嬢には、伝えなくて良いのか?』
『自己満足のようなものです、断られるのが目に見えておりますので。』
『あー、兄上。想像できます、話さなくていいと思いますよ。』
そこからが全て、今アルジェントが私の隣りに座っていることに繋がっているのだとしたら、この婚約の影響は私やハルバーティア伯爵家だけに留まるものではないだろう。それにまだ幾つか父に聞かねばならないことも残っている。
アルジェントを養子に出す先をコルストン公爵家に選んだ理由や、コルストン公爵がそれを受け入れてくれた理由、国王が我が家への褒美として働きかけたのはどの辺りなのかなど。そのことも含めて、一度夜会の場へ戻るべきだろう。
「アルジェント。そろそろ私、達…」
夜会へ戻りましょう。と、私はアルジェントへ声をかけようと彼の方を向いた。しかし途中まで紡いだ言葉は、その光景に飲み込まざるを得なかった。
布で覆われていない片方を見開いて、瞬きをするのを忘れたかのように固まった彼の目からは、静かに涙が流れていたのだ。拭われることなく、止め処無く流れる涙は頬を伝って落ちていく。
彼の姿に戸惑い、慌ててハンカチを取り出す。私には医療の心得など少し書物を読んだ程度しかなく、片目から流れるそれが今の彼がどんな状態で、体にどんな影響を及ぼすかは分からないのだ。
彼に押し当てていいものかさえわからない私のハンカチを持つ手を、涙を流しながらも目を伏せた彼は弱く握った。
「どうしたの?私、何か変なことを言ってしまった…?」
「違っ…!違います…。信じ、られなくて…」
勢いよく首を振って、私の言葉がいけなかったのではないことを主張するアルジェント。ハンカチを持つ私の手を額に押し当てて、彼は言った。
「本当ですか…?お嬢様も…本当に?」
不安に揺れる彼をどうにか落ち着かせなければと思うのに、上気する彼の顔が間近に迫ることに動揺してしまう。それは彼のことをしっかりと意識している証拠で、それを彼は知る由もないのだろう。
私とソファの上で手を繋いで、もう片方のハンカチを持っている手も捕まえてしまっている。逃げられそうにない状況に、私はまず彼の言葉に答えることにした。
「本当よ。それとも、嘘にしたほうがいいのかしら?」
「だめですっ!!いや、です…」
涙に濡れたような声で、子供のように首を横に振り続ける彼が落ち着くのを待ってから、私はまた言葉を向けた。
「信じられるまで、何度も言うわ。貴方が好き。」
「うぅっ…僕も、好きです。お嬢、様…」
涙ながらに口にされる好意がむず痒く、少しでも彼と距離を取らねばそれが伝わってしまいそうで。けれど手を離そうとすれば力が強まって。暫くは彼の好きにさせていたけれど、一向に離す気配のない手に私はどうしたものかと思案する。私が策を考える前に、彼が動いたことがわかった。
「お嬢様…リリルフィア、様。」
慣れないとばかりにぎこちなく私を呼ぶ彼が、なんだか微笑ましくて。「なあに?」と返せば、彼の間近にある顔が更に近づいた。
「ずっと、お側に居させてください。リリルフィア様。」
彼の体温が額から伝わって、柔らかに触れるその感覚に理解が遅れた。
顔を離して、それでも十二分に近い距離で私を見つめる彼のへニャリとした微笑みに、口付けられたであろう額に、今度は私が目を見開く番だった。
ゆっくりと、変わっていく。
互いが、周りが、思いが、願いが。
その中で見つけた一つの答えが今の私達の在り方で、私達がこれから並んで歩む未来になるだろう。
これから私と彼が、そして私にとって大切な者達がどのような未来を歩んでいくのかは、また別の物語。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
『転生した先で悲劇のヒーロー拾いました』は、これにて完結となります。リリルフィアとアルジェントが思いを伝え合うことを投稿開始当初から目標としてここまで来ましたが、皆様にご納得頂ける物語になっておりましたでしょうか。
自分の中で本作は、リリルフィアが周囲に影響を与え、そしてリリルフィア自身も周囲から影響を受けることに重きを置いてきました。喜怒哀楽、そして時には殺す時もある感情、その描写や上下左右様々な関係性の変化、そんなある意味人間らしい姿を上手く綴ることが出来ていたら、読者様にそれが伝わっていたら嬉しいです。
“ほぼ”毎日という作者が本作を書くに当たって自身に課した目標は、達成率40%といったところでしょうか。私生活との両立があまりにも下手くそで、投稿が遅れたり休んだりと、読者様には本当にご迷惑をおかけいたしました。
…と言いつつ、完結話である今回も大幅な遅刻をかましております、申し訳ありません。
頂いた感想、読んでくださっているという証明のようなブックマーク、お気に入りのシーンを見つけてくださったり応援を数字として感じられる“いいね”、皆様の本作への評価を知れる評価ポイント、様々な数値が作者の励みとなっておりました。これから見てくださる方々も居ると思うと、我が子の旅立ちを見守る気分です。
完結後のお話や番外編などは未定ですが、もしも書く機会がありましたらそのときにお会いいたしましょう。
本当に、ここまでお付き合いくださりありがとうございました!




