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突風


強い風が、立っているだけだった私やラングの間を駆け抜けた。夕暮れ時のそれは冷たく思わず体を震わせた私に、ラングは気遣って「入りますか?」と夜会の会場を指して問いかける。




「旦那様に一度、直接確認を取りませんか?」


「…そうね。」




パートナーがやって来ないこともそうだけれど、出席するはずの招待客が現れないという事態。遅れるにしても体調不良にしても礼儀として父に一報があって然るべきだと考えると、相手に何か不測の事態が起こっているということも視野に入れておかねばならない。


そういった場合、招待した側も事態の収拾に助力することは当然で、それには情報が不可欠だ。私は本来であればパートナーとなる方へ乗せるはずだった手を、ラングの片手に重ねて会場へ足を向ける。




「っ!何…?」




その時、私の耳を劈くほどの音が響いた。


ラングが私を背に庇うようにしながら顔を向けたのは、私が今足を向けた反対側で。




「わかりません。でも、なにか倒れたような引き摺ったような…そんな音、でしたよね?」




大きな衝撃があったような音、甲高く暫しの間響いていた音。その二種類が聞き取れただけで、何によって引き起こされた音なのかまでは判断がつかなかった。なのでラングの問いかけには、眉を垂らして首を傾げるしかない。


音を聞きつけて、あちこちから人が出てくる。夜会会場の護衛として立っていた兵たちが数名こちらへ走り寄ってきて、ラングに頭を下げた。それを受けてラングは、慣れたように先程音のした方向を指す。




「前方、多分走って数分くらいの距離から、大きなものが転倒した音がしました。」


「確認してきます!!」




警備の内のニ名ほどが駆け出し、その背を見送ったラングが私の手を引いて会場へ促す。


危険があれば私は邪魔になる。なのでラングの促しに従うべきなのだろうけれど、私は後ろ髪を引かれるように音のした方向から視線を外せなかった。


音の大きさからして、軽いものではないはずだ。


駆け出すことはしないものの、せめて警備の者たちがなにか情報を得て戻るまでは居られないだろうか、とラングを見上げると察したらしいラングが渋面を作る。




「ダメですよ!?」


「…そうよね。」




引かれた手に漸く従って、私は会場へ歩みを進めた。ドレスが汚れないよう気をつけて進んでいると、ラングの「あ…」という声が落ちてくる。


見上げれば、会場ではなく背後へ目を向けるラングが。それの視線を追うようにして振り向こうとした私を、ラングは強く引いた。


ラングの体で視界が遮断され、振り向いた先には彼の服しかない。




「ラング?」


「駄目です。」




何が駄目なのか。


ラングが私の視線を遮るような理由は多くない。もう一度強く彼を呼んでも、ラングは首を横に振って強固な姿勢を崩さない。私が首を伸ばして見ようとしても、俊敏な動きで阻まれる。


益々、気になった。




「何が見えたの?」


「見えてません。」




嘘、ではないのだろう。強い眼差しは澄んでいて、私への虚偽は無いことを証明しているようだった。実際に、彼が嘘を付く時の癖も見受けられない。とすれば。




「何が聞こえたの?」


「…っ!言いません!!」




聞こえたのか。


素直な彼は首を横に振って、私の問いかけに対して黙秘した。その空きを突くという子供のような動きでラングの体の向こうを覗こうとしたけれど、彼は動揺しているわけではなかったようで防がれた。


それでもラングの表情には険しさがあり、通常でない出来事が確かに起きているのだと実感させられる。




「リリ様、早く旦那様のところに行きましょう?」


「誰が怪我したの?」


「リリ様!!」


「馬車が、襲われた?」


「襲われたとまでは……あっ!!」




自分の口を押えたラングが、私の言葉の一部を肯定していた。


彼の耳に何が聞こえたのかまではわからない。けれど、ラングの聞いたらしい音たちの情報と、彼の反応で事態を把握することはできた。


大きい音、そして何かを引き摺るような音、それらを可能とする“何か”、加えて王都の中心部であるという条件下において当てはまるものは限られる。


そして私の耳にも聞こえてきた微かな声は、確かに貴族の家名を口にしていたのだ。




「先程の音は、コルストン公爵家の馬車なのね?」


「リリ様、戻りましょう?ね?」




必死に私を会場へ引こうとするラングの姿に、私は尚も言葉を続ける。




「後ろは見ないから、教えてラング!何があったの!?」


「言えません!!」


「コルストン公爵家の馬車なのは確かなの?」


「それは…」




言い淀む彼の素直さは、時として私に情報を齎してくれる。優しさは私を守ってくれる。


けれど同時に、当たってほしくない仮説を私に現実として突きつけるのだ。




「コルストン公爵家にはアルジェントが居るの!!私に見せられないって、そういうことでしょう!?」




ラングの手を振り払って、私は会場を背にして前を見る。


一番に見えた光景は、人々の塊。


中心にある何かに皆が集中していて、始終周囲の人が動いている。その最中に、見えた。


血に濡れた、銀髪が。



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