お怒り
メイベルは『リオン様についてのことは、一旦置いておくわ。』と切り替えるように笑みを見せた。言葉の通り後日考えるのか、特別仲を深める必要はないと判断して放って置くのかは不明だけれど、私が言及するべきではないことは確かだった。
メイベルの言葉に沿う形で、私は朝食直前の約束の通り詳細を説明する。説明すると言っても、ゆっくりと丁寧に内容を噛み砕くだけで、内容に変化は無い。
それでも、メイベルは真剣に耳を傾けてくれた。
「私だったら、秘密を話してくれるまで口を利かないわ。」
「それも一度は考えたのだけれど、お父様もなにか考えがお有りのようだから…」
苦笑いで返す私に、メイベルはお決まりのように「リリルフィアはやっぱり甘いわ。」と言った。それでも表情に呆れなどはなく、それが私であると受け入れているような表情に私も頬を緩めて返した。
どちらともなく、テーブルに用意されたカップを手に取り、リンダの淹れてくれたそれを暫し堪能する。ほう、と息を吐いたメイベルはまだ話題に出していない私と父が朝食の後に話したことについて、「それで、アルジェントのことは教えてもらえたの?」と問いかけてきた。
私は父に告げられた言葉たちを思い出し、思わず眉を寄せる。私の表情に陰りを感じたからか、メイベルは私へ心配そうな視線を向けていた。
「何か、良くないことを言われたの?」
「いいえ、そうではないの。…我が家主催で、夜会を開くみたい。」
アルジェントの件、隠し事の件ときて、いきなり私が夜会を開くらしいと口にしたものだから、メイベルはコテンと首を傾げてしまった。気持ちはわからなくもないが、私はメイベルが父の背を押してくれた形となったことで夜会を開くことについて知れたのだということを説明する。
「近々、招待状が送られてくると思うわ。」
「それが、伯爵の隠し事ってことではないのよね。」
「残念ながら。けれど、その日まで待ってほしいとお父様は仰ったわ。」
期限があるだけで、待つことに余裕を感じられる。メイベルは私へ探るような視線を向けていたけれど、私の表情が悪くないことを確かめたかっただけなのか、すぐに視線は柔らかなものになった。
「リリルフィアは、それで納得しているの?」
「ええ。お父様に関しては。」
含みのある返答に、メイベルは分かっているとばかりに深く頷いた。
隠し事は未だ明かされぬまま。であれば私も行動を辞めるつもりはない。手紙の返事が来ることを待ち、メイベルへ協力を願った言葉を撤回するつもりもない。
二人で頷き合って、先にメイベルが体の緊張を解くようにソファへ体を預けた。カップを手にしたまま、彼女は深く息を吐く。
「伯爵の隠し事が明らかになるまでの見通しは立ったと思いましょう。…それで、その夜会は何時なの?」
招待状が送られてくるとはいえ、目の前に主催の家の娘がいるのだから日程を聞くのは当然だ。尤もな問いかけに、私は思わず目を逸らした。
明らかに怪しい私の動きに、メイベルは力を抜いていた体を再び姿勢良く背もたれから起こし、私の言葉を待っている。
「その、一月後、らしくて…」
「…なんですって?」
「夜会は、一月後に、開くそうなの。」
なんとも言えない空気が部屋を満たす。私の言葉を理解しようとしたが故の沈黙だろうけれど、私には何を言われるかという緊張のひとときだった。
深い、深い溜息がメイベルから吐き出され、彼女から私へ憐憫の籠もった眼差しが送られる。恐らく彼女は私の言葉で理解したのだろう、夜会について私は何も知らされておらず、先程それを聞き出すことができたのだということを。既に日程は決定事項であり、私は父へ言葉を向けた後なのだいうことを。
「本当に、口を利かないことも考えるべきなのではない?」
「お父様も、反省しておられたわ。私も招待客の中で関わりのある方々には、お手紙を添えられるように相談するつもり。」
少しでも不満の上がる可能性を軽減できないか、と考えて口にした言葉はメイベルから「それがいいと思うわ。」と賛成を得ることができた。
夜会について話したことで、話題はドレスや装飾についてに切り替わる。流行や季節柄のことをメイベルと話すのは楽しく、時間を忘れて話し続けた。
未だ霞に包まれているような足元は変わらない。不安なことも多くある。それでも、自分で動くことを決めた今は、父から話してもらうのを待つばかりの私ではないことを実感できた。
メイベルとは昼食も共にし、朝食と昼食のデザートを土産に今は私を含めて数人に見送られる形で玄関に居る。私以外の見送りは不要という彼女の言葉に従った結果だが、父やリオンはこの場には居ない。
「次に会うのは夜会になるわ。」
父が整えているので主催側と考えても私自身は準備することはそれほど無いのだけれど、メイベルはこれから準備に追われることになるだろう。そうでなくとも、メイベルには令嬢としての他にもすべきことがあるのだ。私は彼女の言葉に頷いて、馬車へ乗り込もうとする姿を見送る。
馬車へメイベルが足をかけたとき「あ!そうだったわ!」とメイベルはそのままこちらを振り向いた。
「私のお友達が貴女に会いたいって仰ってたわ!妹君も、かなりお怒りのようよ!」
それだけ言い残し、メイベルは軽やかに馬車へ乗り込んだ。
嘶きを合図に屋敷の前から去る馬車を見送ってしばらく、私はメイベルの言った“友人”について思考が働かなかった。
「お怒りって…どうして?」




