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迷いがある


父は仕事に取り掛かると言うので、私はメイベルに話が終わったことを伝えようと書庫へ向かうことにした。


朝の冷えから日の光によって暖かくなっていく庭は、朝露が植物を輝かせている。そんな風景を窓から眺めつつ書庫まであと少しといったところで、勢いよく扉が開かれた。


それは私が今から入ろうとしていた書庫の扉で。




「リオン様は、それで宜しいの!?」


「貴女には関係ないことだろう!!失礼する!」




出てきたリオンは私に気が付かない様子で、私が来た方向とは反対へと足早に去っていった。間をおかず、それを追いかけるように扉から姿を表したのはトレビストで、リオンが開けたまま去った扉を閉める際に、私が居ることに気がつきハッとこちらを見た。


しかし言葉を紡ぐ時間も惜しいとばかりに、彼は礼だけ私へ向けた後はリオンと同じく私へ背を向けるようにして去っていった。


リオンは父からメイベルを書庫へ案内するよう頼まれたはず。珍しく声を張り上げていた原因は彼の前に聞こえた声の主、メイベルで間違いないだろう。リオンにはトレビストが付いているので、私はまず事情を把握しようと書庫の扉をラングに開けてもらった。


書庫の静かな空気は普段と変わらず、扉の前で中を見回してもメイベル達の姿は見当たらなかった。一歩踏み出せば靴音が書庫内に響き、それが聞こえてか奥で音がした。その後、本棚の間からリンダが顔を出す。




「リンダ、さっきリオンお兄様が出ていくのが見えたわ。」




声をかけた私に、リンダは困ったような笑みを見せた。それだけで彼女は何も言葉を発することなく、私を自身が顔を出した本棚の間へ促す。


タウンハウスの書庫の窓辺、今リンダが促した方向には本が読めるようテーブルと椅子が置かれており、足を進めればメイベルがそこへ腰掛けていた。




「メイベル。」


「リリルフィア…」




書庫の外まで聞こえるほど張り上げられていた先程の声とは別人のように、メイベルは気落ちした様子で私の名を呼ぶ。


彼女の前には閉じかかった本が置かれていて、先程まで読んでいたことが知れた。その隣には先程まで人が座っていたであろう、中途半端にテーブルと距離のある椅子があり、それを見れば立ち上がり、そのまま場所を離れたリオンの姿が思い浮かんだ。




「リオンお兄様が声を荒げる姿は珍しいわ。」


「…聞こえたの?怒らせてしまったみたい。」




扉の前で聞こえたメイベルの声は問い詰めるような言葉だったが、今の彼女はリオンに対して申し訳無さがあるように見えた。


閉じかかっていた本がメイベルによってきちんと閉じられ、その本は剣術の指南書のようなものだということが伺える。


…本に集中していたかどうかは別として。




「何があったのか、聞いてもよろしいかしら。」


「私がリオン様を怒らせてしまった、それだけよ。」


「珍しいって言ったでしょう?それだけの理由があると思ったのだけれど…」




言及すべきではないだろうか。メイベルは言葉を紡ぐときはこちらを見るけれど、すぐに視線を閉じた本へ向けてしまう。交わらない視線が他者の侵入を拒んでいるかのように感じられ、踏み込むことに躊躇した。


すると、私が言葉を選んでいる間にメイベルがクスリと笑う。自嘲的なその笑みの後、彼女は口を開いた。




「伯爵が駄目なら、貴女の従兄妹を味方につけようと思ったのだけど、失敗した。」


「…ごめんなさいメイベル、話が読めないわ。」




私の返事に、メイベルはチラリと私を見た。私が知らないだけで、周囲は私のことで動いていることは今に始まったことではない。メイベルも私のことを承知しているかのように「それはそうよね。」と柔く笑った。




「アルジェントのことでリオン様に協力してもらえないかと思っていたの。」


「ああ、それでリオンお兄様に書庫の案内を…」


「そうよ。けれどあんなにもあの方がリリルフィアを手放さないご様子だとは思わなかったわ。もしかすると、リリルフィアの意向を考えて動いている伯爵よりも、厄介かも。」




私の知る読書が好きで内向的で優しい従兄妹のリオンと、メイベルが話してくれている彼に、少しばかり相違が感じられて思わず首を傾げる。大切にされている自覚はあるけれど、父ほど私を閉じ込めようとしているような感覚はなかったからだ。


だからこそ、この度のアルジェントとの接見禁止について驚いた。父ではなくリオンからの指示であったことに加えて、私が心のどこかでリオンは私の意見を尊重してくれると思っていたから。


そういう点では、メイベルが言うリオンの一面もあるだろうか。だがメイベルの言い方は、リオンが私のことを考えていないように感じられる。




「リオンお兄様は、私のことを思ってくださっていますわ。」


「え?ああ…大切にしていることはよくわかったわ。けれど、貴女がアルジェントと離れることを望んでいないかもしれないと説得してみても、駄目だった。」




それで先程の書庫から出てくる際のリオンの言葉につながるのか。


思わぬところで、アルジェントの行方をリオンが知っているらしいということも察することができたが、同時にリオンは父から私に関する事を隠しごとについても全て知っていることも分かってしまった。


取り付く島もないといったように話すメイベル。しかし言葉の最後に彼女はこう付け加えた。




「協力は得られないようだけれど、貴女の気持ちを考えていないわけではない。…あの方なりに、迷いがあるご様子ではあったのよね。」



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