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ダンデライオンの綿毛は軽く


ネルヴを見て、何か返さなければと思うのに上手く声が出ない。


“どうして”と問いたくとも“屋敷を出た”という言葉に、既に同じ建物の中には居ないのだと理解してしまった。何より、言葉を聞く前は気が付かなかったがネルヴの顔色の悪さが、彼自身も事実を受け入れることができていないことを教えてくれた。


情報が何もかも足りていない。


今は様子を窺っているだけのティサーナに、事態を悟られないよう私は呼吸を穏やかに荒くならぬよう努める。喉元に迫り上がる言葉たちを押さえつけ、私は一先ず客人として招いているティサーナに失礼があってはならないと、口角を上げて彼女に向き直った。




「お騒がせ致しました。」


「…よろしいのですか?私のことはお気になさらないでください!」




気遣いを見せるティサーナに笑みで応え、私は首を横に振る。客人が気遣ってくれていても、来客の相手は最優先事項だ。たとえそれが一兵の消息を追うことができるか否かの瀬戸際だとしても、アルジェントが自分の足で屋敷を出たというのなら尚更。


話の続きをしようと薄く口を開いた私。けれど言葉を紡ぐ前にティサーナから「あ!そうです!」と唐突に声が上がった。




「私、用事を思い出しました!」


「…ティサーナ様?」


「ほ、本当です!お父様にお伝えしなければならないことがあったんです!」


「お気遣いは…」


「なんのことでしょう!?いえ、そういうわけですので、申し訳ありませんがこれで失礼いたします!」




エスコートも無く立ち上がる姿は、なんとも勇ましく私に映った。


誤魔化すことはもう少し自然でなければならないだろう。先程まで見せていた毅然とした姿は欠片も感じられず、彼女の背後では騎士が苦笑いを溢し、侍女は慌てた様子で私とティサーナを見比べている。


誰が見ても嘘だろうと思えるティサーナの“用事”だが、私はその気遣いに瞼を伏せて心の内で彼女への謝意を述べた。




「…このようにお帰りいただくことは忍びないですが、用事とあっては仕方がありません。せめてお見送りだけでもさせてくださいませ。」


「いいえ!そのようなお気遣いは不要です!リリルフィア様のお手を煩わせるつもりはありません!ですがぜひ、“またお招きください”!!」




見送りも辞したティサーナの最後の言葉に、私は目を見開く。


また、彼女は私と会おうとしてくれているのだ。友人と言い続けてくれては居たけれど、彼女の心を思うと会べきではないと思っていた私とは違う。


私は心の内に灯った熱を感じながら、慌てて退室しようとするティサーナを呼び止め、リンダに目配せしつつ彼女の両手を自分の両手で包んだ。




「本日は、お越し下さりありがとうございました。落ち着いた頃に必ず、お招きします。」




ティサーナは蕾が綻ぶように破顔し、美しい笑みを見せてくれた。つられて笑む私の横に、リンダから私の意を汲んで作られた包みが差し出される。


本日の茶会で手を付けることができていない菓子たちだ。


中身を察したらしいティサーナは、少し恥ずかしそうにだけれど、それでも嬉しそうに「頂いても、宜しいですか?」と侍女へ目を向けた。リンダからティサーナの侍女へ包みは渡り、ティサーナの気遣いの通りに彼女たちは私の部屋から帰路につくこととなった。


パタンと控えめに閉じられた扉を暫く見つめてから、私は部屋の隅に移動したネルヴへ目を向ける。彼は申し訳無さそうに肩を竦めてそこにいた。




「ネルヴ、待たせたわね。」


「いいえ!!俺こそ、お客様が居られる中で申し訳ありませんっ…!!」




頭を下げようとする彼を手で制し、私は首を横に振る。


ネルヴはきちんと礼儀を守っていた。扉が開かれたためにこの部屋へ入室し、許可を得た上で私へ報告した。何も悪いことはしていない彼を、責めるつもりなど全く無い。


私はティサーナの来訪の名残のようにテーブルに残された茶を口にする。冷めてこそいないけれど、温かみも殆ど無いそれに気は幾分落ち着き、改めてネルヴへ問う。




「それよりも、アルジェントが屋敷を出たことについて聞きたいわ。ネルヴもその場に居たの?」


「は、はい…それが…」




ネルヴは私の問いかけに、丁寧に自身が知る限りの事情を教えてくれた。


馭者を案内した後、ネルヴが屋敷へ入ろうとした際にアルジェントと鉢合わせたそうで、その時ジルも共にいたのだとか。


買い物かと思ったネルヴはアルジェントにひと声かけ、アルジェントは自らハルバーティア伯爵家との別れを口にした。




「『今までお世話になりましたって伝えて』って…。どういうことか聞こうとしたけど、そしたらジルさんが『大丈夫だから心配するな』って…!!」




そのままアルジェントはジルが手綱を持つ幌馬車で去っていったのだとか。


顔を歪めるネルヴからも感じられるが、話の内容からしても不可解な点が多すぎる。少なくとも、ジルはアルジェントが屋敷を離れる事情を知っている。とすると、当然父も知っているだろう。




「接見禁止…。」




リオンから提案され、この指示が父から正式に出された際、父は『良い機会』と口にした。私とアルジェントの距離が近いことを危惧しての言葉にも思えていたけれど、もしも今日のことを言っていたのだとしたら。


そう考えるならば、リオンが提案したこと事態が今日に関わる可能性も出てくる。


アルジェントが屋敷を離れることを知っていて。私が傷つくと考えて。何も知らせないのも私のため。私が余計な考えを持たないように。




「…リンダ、お願いしてもいいかしら。」


「何なりと、お申し付けください。」




リンダを呼ぶ声が、自分で考えるよりも低く響いた。その声にネルヴが肩を揺らし、静かに控えていたラングも震える。


それだけ、声に感情が乗っていたのだろう。




「お父様に、話があることを伝えて頂戴。」




父は、私を思って隠すのだろうか。


私の幸せを願って動くのだろうか。


感謝と寂しさしか感じていなかった、これまで父から受けた愛情や隠し事。


それに対して今までに無いほどの、怒りが湧いた。



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