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チューリップは黄色に染まり


過去のこととして呟かれた独白に、私の言葉は必要ないのだろう。そして、心配そうに主を見る護衛と侍女の人選理由が、この独白にあったのだと思い至る。


失態を犯した侍女がそもそも行動に出た理由は、仕える相手を思うが故のものだった。護衛はティサーナが信頼を置く騎士で、側にいれば彼女の想いに気付くこともあるだろう。


涙を拭い、顔を上げたティサーナの表情は何処かスッキリとしたもので、彼女が腰を落としたことに慌てて立ち上がってそのままだった私を、肩を押してソファに座らせた。




「お聴きくださり、ありがとうございました。」


「お礼なんて…今まで、どれだけお悩みになられたことか。満足にご相談に乗ることも、協力もできなかった私は、ティサーナ様にそのような言葉を掛けてもらう資格などございません。」


「いいえ、ご迷惑をおかけしたのは事実なのです。それに…私は、リリルフィア様のお心を踏み躙りました。」




顔を上げると、眉を垂らして笑みを見せるティサーナと目があった。自嘲的なその笑みに、私は何のことだと疑問が顔に出ていたのだろう。


彼女は「そうでしょう?」と答え合わせするように話し始めた。




「伯爵家の令嬢として貴女が踏みとどまっていたことは本当でしょうが、お心を隠そうとした理由の一つに、“私の気持ちを知ったから”という理由もありましたよね?」


「…なんの、ことでしょうか。」




ああ、こんな曖昧な返答はいけない。きちんと“知らない”と言わなくては、誤魔化していることが丸分かりだわ。


けれど口から出た言葉を撤回することなど出来ず、ソファに座る私の前に腰を落としたティサーナは、子供をあやすように私の手を取った。『年下なのに』とティサーナは言ったけれど、目の前で柔らかく微笑む彼女のほうが、よっぽど私よりも大人に見える。




「初めは振り向いてもらうことに必死でした。少しでも繋がりを持つことができればと邪な考えを抱いていたことも認めます。彼の目に留まれるように考えていれば、彼の瞳が何処へ向いているのかにも気付きました。」




慕われていることは知っていた。


彼を拾ったことが恩となり、彼の成長を側で見ていたからこそ、彼が私へ向けてくれる笑顔が私を慕わしく思ってくれているそれだと気づくのに時間はかからなかった。


けれど、その種類までは考えていなかった。理解したのはつい最近で、厳密に言うと彼の抱擁と言葉があって初めて目を向けたのだ。


ティサーナの柔らかな表情に居たたまれなくなって、私は逃げるように視線を反らした。その先にはリンダが居て、彼女はティサーナの言葉に対して深く頷いていた。




「醜い感情のままにリリルフィア様を傷付けてしまったことは、今でも悔いています。叶えることの出来ない想いに焼かれ、現実から目をそらしている私に、それでもリリルフィア様は考え直すよう説いてくださった。その優しいお心の中に、私と同じ感情があることに気付けたのは、本当に幸いでした。」




ティサーナの丁寧な言葉は、その言葉を向けている相手が本当に私なのか疑ってしまうほどに、私という存在が綺麗なもののように表現されていた。


彼女が後悔しないよう言葉を尽くしたことは自分自身の行いとして受け入れるけれど、ティサーナが考えを改め、この場で謝罪を口にしたのは侯爵夫人の言葉があってのことだろう。幸いというのなら、その言葉を受け入れることができたご自身に向けるべきだ。


しかし私の考えとは裏腹に、ティサーナの私を見る目は穏やかで。それは先の言葉で彼女が私を“同士”と思っているからのような気がしてきた。




「リリルフィア様、貴女にしたことへの償いになるかは分かりませんが、私は貴女の味方になり続けます。失いたくない友人の、力になりたいのです。」


「失うだなんて…」


「ふふ、そうですね。リリルフィア様は私の力がなくとも、他の方々が貴女に惹かれて手を差し伸べ、貴女を失わせないでしょう。だから、嬉しい報せを聞ける友でありたいのです。“どんなことでも”笑って祝える友達でありたい。」




どんなことでも。


その言葉には確かに、今まで彼女が焦がれていた者の名が含まれている。そう感じたからこそ、私はティサーナの言葉にゆるく首を振った。




「ティサーナ様のご期待に沿うことは出来そうにありませんわ。」


「ど、どうしてですか?」




途端に悲しそうな表情を見せるティサーナをソファに座らせ、曖昧に笑む。


未だ父からは褒美についての話も婚約についての話も何も聞かされていないのだ。時間だけが過ぎて、兵たちの帰還と褒美を賜った日から既に数週間が過ぎている。それでも沙汰の無い現状が、私の気持ちを沈ませる。


部屋を彩る花々が日を追って数を減らしている様を見ると、私の心から彩りが抜けていくような心地がするのだ。接見禁止が指示されている今、ティサーナの望む結果になるとは到底思えない。




「それが…」




正直に私の考えを話すべきかと口を開いたとき、扉が数度叩かれた。


急くように叩かれたそれにはリンダが応え、扉越しに「ネルヴです。至急、お嬢様にお知らせを!」と言葉の通り焦りのある声が響く。ティサーナが私に頷いてくれたので、リンダに目配せしてネルヴを部屋へ通すことにした。


開かれた扉から一礼した後に足を踏み入れるネルヴは、礼儀を守っていてもその動きは何かに駆られるように私との距離を縮め、耳元で囁いた。




「兄さんが、屋敷を、出ました…」



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