弾ける
「ハルバーティア伯爵家の皆様。」
そう声をかけられたのは、勲章の授与も終わり貴族たちが少しずつ場所の移動を始める最中。これから夜会という時にかけられた声に首を傾げた私だったけれど、父は穏やかに対応していた。
それから私は、声をかけてきた相手が国王の側に控えている姿を見たことがあることを思い出して、そしてその者が「主がお呼びです。お時間頂けますでしょうか。」と伺いを立てたことで、居住まいを正す。
「お父様…」
「悪いようにはならないはずだよ。何も心当たりがないし。」
私の頭を撫でてそう呟く父に、そんなことがあれば一大事だと笑みが溢れる。
「叔父上、私は先に夜会の会場へ向かいます。」
その声にリオンと父を交互に見ると、父はリオンへ頷いて返す。厳密に言ってしまえばリオンはハルバーティア伯爵家の直系ではない。
勿論伯爵家ではあるので、同席してもきっと王は何も言わないだろうが、リオンの表情は先程より固くなり「私には無理です」となんとも正直な言葉が聞けたため、父もリオンの気持ちを尊重したようだ。
父と私はリオンと別れ、案内に従い王城へ入る。いつかデビュタントを迎えた場所へ向かう通路とは別の場所を通った。レイリアーネと会う際にも使うことのないその路は私には新鮮で、ついマナー違反と分かっていても辺りを観察してしまう。
等間隔に置かれた柱の合間から見える美しい庭、値段を考えるだけでも気が遠くなりそうな美術品。荘厳な雰囲気でありながら、王族の生活を垣間見ることのできるような装飾の配置は見ていて興味が尽きなかった。途中、デビュタントのときに見た王族一人ひとりの肖像画とは違うものが飾られていた。
二人の男性、三人の婦人、三人の少女、そして一人の婦人に抱かれる女児。柔らかい笑みの女性たちと穏やかなだが威厳に満ちた笑みの男性、見覚えのある彼彼女たちに私は立ち止まりたかったが、今現在の状況を考えるとそうは行かない。
「美しい絵だね。」
「はい、とても。」
父の耳打ちに頷き、絵の前を通りながらもう一度だけ絵を見る。
当代国王を中心として正妃、並びに扇を持ち子を抱える側妃の二方が座っている。そして王弟ギルトラウが国王の隣に立ち、今より少しだけ幼さのある第一王女や第二王女、レイリアーネたちが王妃たちの側に寄り添い立つ一枚絵。
第一王女が、美しい笑みで『陛下の子で、レイリアーネたちの姉で、母が一人ではないことが幸せよ。』と言葉にした光景がそこにあるように見えた。
「こちらで陛下がお待ちです。」
絵の前を通って案内されたのは、王の居室とされる場所の前の応接間らしい。
案内の者が扉を叩くと、中から返事が返ってくる。それを聞いて開かれた扉から、橙色の光が漏れ出した。
「国王陛下、ハルバーティア伯爵家の皆様をお連れいたしました。」
「ご苦労であった。」
そんなやり取りがされる中、扉が大きく開かれ逆光に目が眩む。数度瞬きして、目を慣らせば光の中に数名居ることが伺えた。
「ハルバーティア伯爵、皆もこちらへ。」
その呼びかけに、私達は部屋へ足を踏み入れる。
進むと扉を照らしていた光から逃げるような形になり、眩しさも無くなる。すると窓の前の席に国王、そしてその横にギルトラウの座す姿があった。それぞれ一人用の椅子に座っていて、王たちの前には品のある装飾の施されたローテーブル。王たちの座る場所の側面に位置する席には、ギルトラウの側近であるザラン騎士。普段ギルトラウの側で彼を護衛するため立っている彼が席に着いていることに、少しだけ驚いた。
王たちの対面へ促されたので父は一礼し、私は腰を落として席へ着く。
「呼んだ理由には見当が付いているだろうが、此の度の戦いを支えてくれた伯爵たちに、礼をと思ってな。」
「我が国に住まう一貴族として、当然のことをしたまでに御座います。」
「そう言われることも、予想していたさ。」
父の言葉に国王は親しげに笑う。
しかし父の謙遜を許すことはなかった。
「君たちの尽力が無ければ、防衛は叶わなかったと聞いている。そうだな、ギル。」
「はい。」
国王、そしてギルトラウがこちらを素晴らしいほどの笑顔で見た。
「さあ。君たちへ褒美をと考えているんだ。」
有無を言わせない圧が、そこにはあった。




