賑やかな帰路
揺れる馬車の中で、その揺れよりも揺れているんじゃないかってくらいに隣で膝を揺らしている人が気になる。
「落ち着けラング。足が煩い。」
「だから俺は馬で帰るって言った!!」
「抜け駆けなんてさせるかよ!」
「そもそも!お前が馬で帰ったら馬車を引く馬が足りねえだろうがバカ野郎!!」
「お前どうせ王都に着いたら旦那様とお嬢様のところに真っ直ぐ行くつもりだったろ!」
「王弟殿下の凱旋っつうことで馬車ごと王城まで行くんだから無理だからな!?」
「そんなの言われてない!!」
「聞いてねえだけだろうが!!!」
ハルバーティアの兵たちを纏めてくれている人がラングさんの足を指摘したことを皮切りに、馬車の中が賑やかになる。
みんなが早く帰りたくて、みんなが早くハルバーティア伯爵邸にいる人たちに会いたくて。そんな空気が心地よくて。
「アルジェントぉおお!お前もなんか言ってやれよ!!」
「あまり騒ぐと、御者を努めてくれている人に迷惑です。」
「正論!!!」
馬車は兵たちが交代で手綱を持つことになっていて、僕も先程初めて体験した。教えてもらいながら、馬の顔が向く方向を操ることで進路を変えられることが不思議で、鼻を鳴らしながら暴れることなく馬が走ってくれていることが楽しくて。
「アルジェントはハルバーティアの皆に早く会いたくないのかよお!!」
移動中に動くのは危ないのに、ラングさんと僕の間に人が割り込む。回された腕を外そうとしても更に力が加わったから、外すことを諦めた。
会いたくないのかって?
「会いたいに、決まってます。」
隠す必要もない本音を吐けば、不自然に馬車の中の音が止む。その中で帰ってきたのは、言い合いのときのような大声や乱雑な言葉ではなくて。
「うんうん。帰りたいよなあ、ハルバーティアに。」
「会いたいよなあ、弟に。」
「会いたいよなあ、お嬢様に。」
さっきまで言い合っていたのに、ラングさんも他の人たちも揃って僕を見ている。居心地の悪いそれに加えて逃さないとばかりに力が加わる腕の力。諦めて肯定も否定もせずに息だけ吐けば、馬車に明るい声が響いた。
「いやあ、よくやったよお前!!」
「『先にゆっくり走っててください』って言われたときにゃ、忘れもんでもしたのかと思ったがな!!」
「おいおい、あれは忘れもんだったじゃねえか!」
「弟思いで、いい兄ちゃんじゃねえの!」
ああ、もうヤダ。
話の向かう先が見えている。先輩たちが何を言いたいのか、分かっている。
静かにしてもらえないかな。正直に言い過ぎた?でも、嘘をつくのもな…
素直に気持ちを吐いた自分に後悔していると、回された腕が離れて、なにかを労るようにポンポンと軽く二度叩かれた。
「本当に、よくやったよアルジェント。よくお嬢様に抱きつくなんて不敬なことできたよな。」
ドキリと体が跳ねる。
後悔はしていないし忘れたくもないけど、考えないようにしていたこと。お嬢様に貰った紐を見るたびに、あの数分間を思い出す。
恥ずかしくて、けれど自分の行動を褒めたいくらいには嬉しい出来事になっている、数ヶ月前あれ。
自分の中にずっとあったものを、お嬢様に知ってもらえた。欲深くもお嬢様に触れて、あの方が女の人であることを実感して…
「うわ、真っ赤になってやがる。」
指摘されて、隠そうとしても顔は熱くなるばかり。馬車に乗っているから酔うと思ったけど、見られることに耐えられなくて前屈みになって顔を隠した。
そんな僕に周りからは冷やかしや笑い声を降らせてきて。その中でポツリと落ちてきたのは、ラングさんの低い声。
「旦那様、怒ってないといいけどお。」
視線だけ上げれば、ラングさんもこちらを見下ろしていて。合った目は、遠いしお嬢様の耳元で言ったから聞こえていないはずなのに、僕がお嬢様に告げたことを知っているかのように鋭かった。
その少し張り詰めたような僕とラングさんの空気に、周りは慌てて馬車の外を確認し始める。
「お!もう王都が見えるぞ!!」
「行きは木も緑が多かったのに、もう黄色くなり始めてるなあ!」
数ヶ月前でも、巡った季節を感じさせるその言葉に僕も外へ目を向ける。
初めての戦場は数ヶ月。それでも会えない人たちを思うと寂しくて、痛みの中では泣きたくなって、それが回復したのはハルバーティア伯爵家のおかげだと知って皆でやっぱり泣いた。
こうして賑やかに帰路につくことができているのは、欠けることなく同じ馬車に乗れているから。
「…帰って、きたんだな。」
その呟きは誰が言ったのか分からない。けれど誰もが思ったんだと思う。静かになった馬車の中で、ラングさんは立ち上がった。
「走ったほうが早いって!」
「もうお前大人しくしてろ!!!」




