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伯爵家からの救済


「状況は。」


「依然として、兵たちの回復は難しい状況のようです。」


「治療法は。」


「…まだ、原因の確定にすら至っておりません。」


「クソッ!!」




我が主の拳で打ち付けられた机。その上に積まれていた書類が跳ねる。川下を野営地としていた兵たちが倒れたと報せがあってから、防衛の陣形こそ崩れていないが追い返すための兵力が足りず、我が兵たちの進行が予定よりも遅れている。


倒れた兵たちが仕えている家には主の指示によって逐次報告はしているが、支援を増やす旨や原因解明を願う返事が届いてもそれに応えることができていない現状は歯痒いもので、主の機嫌は悪くなる一方だった。




「隊長、ハルバーティア伯爵家より一報が。」


「ああ。殿下に…」




届けられた手紙を私に渡そうとする近衛騎士の一人に、私は主を示すが相手は首を振り「いえ、隊長宛です。」と確かに私の名前が書かれている手紙を差し出される。


今まで兵たちについての報告の返事は、この度の戦争の為に編成された大隊の長である主の居る拠点に宛られていた。それが私個人へ向けて宛てられるとは。




「…内容は。」


「殿下。私宛の手紙なのですが。」


「ハルバーティア伯爵家から、この度の件に関係ないことが“今”届けられるはずがない。いいからさっさと読め。」




主の言うとおり、兵たちが危険な状況で関係のない話題の手紙をハルバーティア伯爵家が送るとは思えないが、言い方というものがあるだろう。


目を細めて主を見ると、顎で“さっさと読め”と示される。思わず溜め息を吐いてから、それでも指示通り封を開け手紙を開くと、その内容に私は目を疑った。




「シュリ、どうした。」




主の声にどう返していいのか迷った挙げ句、私は静かに主へ読んでいた手紙を差し出した。怪訝な顔で主は手紙を受け取り、内容を読み進める。初めは驚きに染まっていた表情が、徐々に険しくなり、読み終えたのか手紙を私に突き返す。




「すぐに件の野営地へ伝達!即刻川の水の使用を止めるか、必ず熱してから使用することを命じる!!それとこの手紙の内容を全て書き写して現地の軍医に渡せ。効果が見込めそうなら即刻実行させろ!急げ!!」




指示を受けた者たちが忙しなく動き出す。そんな中で指示を終えた主は深く息を吐いて、私の手に戻った手紙を眺めていた。




「…ほんと、とんでもねえな。」


「ハルバーティア伯爵家の方々は、有能な方が揃っておられるようですね。」




書かれていたのは、今我々が喉から手が出るほど欲しかった情報。


不明であった症状の原因であると仮定される植物、その詳細についてだった。兵たちが倒れてから一月近く経つのに原因すら特定できなかった我々からすればハルバーティア伯爵家が齎した情報は“素晴らしい”という一言に尽きる。しかし更に驚くべきは…




「我々が見つけられなかった原因、そしてその治療方法。仮説の段階であっても、薬によるその治療をこちらで研究すれば一から探るよりもずっと早いですから。」


「どんどん借りが増えていくなあ、シュリ。」




ここ数日見ることのなかった主のニヤリとした笑みに、私は敢えて恭しく礼をする。




「我々をお救いくださった方の為ならば、いくらでもこの剣を捧げましょう。それが我が主の為にもなると知っておりますので。」




手にした手紙を胸に、金の髪の美しい少女を思い出す。


大人のそれよりも深い思考を巡らせると思えば、未成年らしい大胆で考えの読めない行動を起こすときもあり、しかしその多くが他者のため。


ハルバーティア伯爵からの手紙ではあるが、私に届けられたそれ。そして兵たちの救いとなる情報が書かれた手紙の最後に綴られた本文とは筆跡の異なるそれに、私は少女の影を思った。


【あの日の誓いが有効であるのなら、この手紙を十全に利用してくださると信じております。】


捧げた剣は間違いではなかった。自らの為でなく人のために使うとは思っていなかったけれど、それも彼女らしいと思えてしまう。


王ではなく、主でもなく、私へ手紙を送ることの意味。




「殿下、きちんと報告せねばなりませんね。“ハルバーティア伯爵家からの一報により、大隊とこの度の作戦は救われた”と。」


「おいおい、波風立てねえようにお前に手紙を寄越したんじゃねえのかよ?」




我々を救った者たちの意に反することはしたくないのか主は私に問うてくるけれど、彼らの功績を無いものにすることも納得できないらしく、既に手は王への報告用の紙へと伸ばされている。


要らないと彼らは言うだろう。しかし自分たちの行いが他者へどう影響するかも彼らはよく知っている。最後にはきっと、我々の好意を“外面では”快く受け取ってくださるに違いない。


それに、これはもしかすると私に許された最大の恩返しのチャンスなのではと思うのだ。


彼女に剣を捧げてから、三回も季節が回ろうとしているというのに何も手助けできぬままだった。それが今、ハルバーティアの私兵を我が主が預かっている状況。




「目指す位置としては、令嬢がどのような相手と交友を持っても、誰からの後ろ指もさされないようにすること、でしょうか?」


「…何をする気だ。」




目を細める主に、私はこれからすべきことが増えた楽しみからの笑みで応える。




「今回の件を足がかりに、令嬢の味方を増やすだけですよ。」



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