黄色く染まる
リンダがラングとアルジェントを叱ってから5日、いよいよメイベル様とのお茶会の日になった。
支度を一通り終えた私は椅子に座って馬車が用意できるのを待っていた。今回用意したのは私や父の瞳の色である青を基調としたドレスで、装飾過多なのは私の姿に何かが降臨したらしいお針子によるもの。
既に私の姿を見に来た父は『うん。天使。』とだけ言っていた。我が父ながら今後が心配になる言葉選びに私は頭痛がした。
「リリ様!本当に俺も行ってよろしいのですか?」
眉を垂らして伺ってくるラングは、あの日から少し行動に落ち着きが出たような気がする。
「勿論。私の護衛なのだから、しっかりと職務を全うして頂戴。」
「…!!はい!!」
剣に手を添えて頷くラングは時折部屋の隅に目を向けている。そこにいるのはアルジェントで、私に同行するために何時も着ているシャツと簡素なズボンではなくジャニアたちのような執事服だ。
ラングの視線に気づいたアルジェントは少し視線をウロウロさせてから、まるで今自分に向けられた視線だと気づいたように慌てて頭を下げていた。
「…完全に怯えているわね。」
「流石に俺も反省したので謝っているんですけど、『私が悪かったんです』とか『ラング様申し訳ありません』とか言われて、どうにも伝わらないんですよねえ…」
困ったように笑うラングにはアルジェントを羨む気持ちは見えない。身長を気にしていることは変わらないだろうけれど、それで身勝手に相手に危害を加えることは流石にやめたようだった。
「彼、オレンジ好きですか?あげたら仲良くなれますか?」
「…様子を見ましょう。今日のところはメイベル様と会うのだからきっとそれどころじゃないわ。」
貴族と接することに慣れていないアルジェントに、今負担をかけてしまったら何が起こるかわからない。
茶会を終えてから、改めて考えましょう。
「お嬢様!準備ができました!」
「ありがとうトレビスト。」
馬車の用意ができたらしく、呼びに来てくれたトレビストはすぐに部屋を離れた。
私は椅子から立ち上がり、本日同行してくれるリンダ、ラング、アルジェントを順に見回すとそれぞれが準備できているようで頷いて返してくれた。
「では、参りましょうか。」
普段は持ち歩かない扇を右手に、左はラングが手を差し伸べてくれる。彼曰く「師匠に教えてもらいました!」と貴族のエスコートについては齧っているみたい。
フワリと香る柑橘の香りに、思わず私は苦笑いしてしまった。
「ラング、オレンジ食べたの?」
「…バレましたか。まだありますよ!」
どこから出したのか手のひらに収まらない大きさのオレンジを取り出したラング。アルジェントはパチパチと驚きで目を丸くし、リンダは頭を押さえて「茶会へオレンジを持ち込むのは禁止です。まだあるのなら今すぐ出しなさい!」と叱っている。
ラングはリンダの声にポンポンと2つオレンジを出した。本当にどこに収まっていたのだろう…
「オレンジの匂い嗅いでると落ち着くんですよお。」
「あ、なら、オレンジではないけれど…」
オレンジを出し終えてソワソワし始めたラングは本当にオレンジを持っていたら緊張が解れていたのだろう。
その姿に私は引き出しにしまっていた小瓶を思い出してラングへ見せる。装飾も少ないソレは爽やかなレモンの香りの香油。
「ハンカチに少し垂らしておけば、丁度いい香りになるわよ。」
一滴だけハンカチに垂らしてラングの方へ風を扇ぐようにすれば、スンと鼻を動かした彼は肩の力を抜くようにして穏やかな表情になった。
「落ち着きます!!」
「なら、ラングにあげるわ。」
香りを気に入って購入したものだけれど、香水や香油を普段使いしない私は引き出しにしまったまま持て余していたのだ。ラングが気に入って使ってくれるのならありがたい。
私の言葉に表情を明るくしたラングに小瓶を渡し、彼は片手でその小瓶を持って見つめると「大切にします!!」と笑ってくれた。
「それで緊張がほぐれるのなら良かったわ。アルジェントは大丈夫かしら?」
何気なくラングよりも心配なアルジェントへ話しかけると、青いを通り越して土色になっている顔を縦に振って「だい、じょうぶ、です…」と全く大丈夫じゃない返事を返してくれた。
「ラングのように緊張がほぐれるものがあるといいのだけれど…」
「いえ、そんなっ!お手を煩わせるわけにはまいりませんので…!!」
遠慮するアルジェント。けれどこのまま緊張しすぎているとメイベル様に会ったときには疲労が溜まってしまう。少しでも何か無いかなと考えていたとき、アルジェントの結んでいる髪に目が行った。
伸びた銀の髪を後ろで一つにまとめている彼は、執事服と同じ黒色のリボンで控えめに結んでいる。
「そうだわ!これをあげましょう!」
これまた引き出しから一本のリボンを取り出してアルジェントへ見せる。
黄色に控えめな白の糸で刺繍が施されたそれは、アルジェントの銀の髪にきっと似合う。私の手にあるリボンを見たアルジェントは、何故か私の顔を見てリボンを見てを繰り返し、ゆっくりとそれを取ってくれた。
「よ、宜しいのですか?」
「ええ!着けてくれると嬉しいわ。」
私の言葉に黒のリボンを解いたアルジェントは、早速黄色のリボンを着けてくれる。髪と一緒に揺れる明るい色のリボンは、アルジェントを少し元気な印象にしてくれた。
騎士と使用人の緊張を和らげたところで、いよいよ馬車に乗り込む。アルジェントのリボンを見たジルが何か言いたそうにリンダを見ていたけれど、リンダは一つ首を横に振るだけで私には二人の間に何が伝わっているのか分からなかった。




