胸が高鳴る
「皆のおかげで、とても有意義な時間を過ごせたわ。今日のような日が、再び訪れることを心から望んでいます。」
その言葉を合図として、茶会は静かに終わりとなる。城の者たちの案内によってそれぞれが退席していく中で、レイリアーネはティサーナへ声をかけていた。
「ユグルド侯爵令嬢、許可は取ってあるわ。このまま案内させようと思うのだけれど、良いかしら。」
「!!…ありがとうございます!」
なんのことだろう。主旨の伺えない会話が気になりながらも、私はメイベルと言葉を交わしながら案内を待つ。
茶会を締めるように注がれた最後の茶会は既に冷め始めていて、日こそまだ沈んでいないが庭園は日の傾きから陰が多くなっていて少し肌寒い。何か肩に掛けるものを用意しておけば良かったかと考えていたとき、私にかけられた声は帰宅の案内とは違ったものだった。
「リリルフィア様!宜しければ、ご一緒に如何ですか!!」
弾んだその声はティサーナのもので、先程レイリアーネと交わしていた内容に起因することは理解できるけれど、やはりそこに主旨は見当たら無くて。
なんと返せばいいのかわからず首を傾げるに留めていれば、クスクスという笑いと共にレイリアーネがティサーナの言葉を補ってくれた。
「陛下は臣下との関係を良くするために世間話をしたがるのだけれど、そこでユグルド侯爵が、令嬢が城にある書物を見たがっていることを話したらしいの。そこで私が令嬢に手紙で可能性があれば閲覧したいか聞いていたの。」
レイリアーネの言葉で、粗方の経緯は知ることができた。
領地を治める貴族は王都との行き来を考えれば城に出仕することが難しく、臣下であっても王への謁見が困難になる。しかし多くの者が領地から出る社交のシーズン中は、王が臣下と接する時間を長く取ることは周知されているので、城に出仕している者以外でも陛下との謁見を求めることが比較的容易なのだ。ユグルド侯爵はその謁見の場で陛下に日常や家族の話を求められたのだろう。
レイリアーネの側で、ティサーナは恥ずかしそうに一つ頷いた。自身の趣味を親が他者に話していたことは恥ずかしいだろうが、ユグルド侯爵の謁見やその場で交わされた世間話は勿論のこと、ティサーナがレイリアーネとデビュタントを共にしていなければ王城の書物を閲覧するなんて叶わなかった。そう本人も思っている様子で、ティサーナは「光栄なことです!」と頬を染めたまま花開くように笑う。
彼女の姿を見てレイリアーネは頷き返し、そして私へ目を向けた。
「出仕者が閲覧できるものまでならと許可を頂いたわ。リリルフィアは本がお好きでしょう?ユグルド侯爵令嬢も一人では不安だろうし、一緒にどうかと思ったの。」
私にとっての桃源郷と言える王立図書館。
そこには貴族が閲覧することを許された書物の数々があるが、現在誘われている王城の書庫には図書館には置かれていない政務に関わる物が多くあると聞く。通常であれば、知識量を重要視されない令嬢では怪訝な目を向けられるだろうが、叶うなら読んでみたいと思っていたのだ。
私はレイリアーネの微笑みに負けないくらい口角が上がっていただろう。
「今後二度は難しい機会、喜んでご一緒させていただきたく思いますわ。」
私の言葉を受けて、レイリアーネとティサーナは何故か目を逸らした。側で成り行きを見ていたであろうメイベルはクスクスと声を漏らしている。
「…体に悪いわ。」
「王女殿下…同意致します。」
謎の会話に首を傾げると、メイベルが「リリルフィアのそんな幸せそうな笑顔、珍しいわ。」と言われたことで自覚した。
普段から冷静にと努めていて、かつ表情が動きにくい私の顔が満面の笑みを作ることは珍しい。不本意ながら、父でも見れば撫で回す程度には愛想を振りまけるようだ。そんな稀な私の表情で、目の前の令嬢たちは体調不良に陥っている、と。
「リリルフィア、それは人前でしては駄目な部類よ!!」
笑顔は作るもののほうが多い私としては、自然と生まれた笑みは私の意思から切り離された感情の発露として扱っているのだけれど、レイリアーネたちはそれこそコントロールすべきものとして、私に二度と見せぬよう約束させた。
二人の体調が落ち着いた頃合いに、案内の者がティサーナと私を書庫へ連れて行ってくれる。
「それでは失礼いたします、レイリアーネ様。メイベル、後で感想は伝えるわね。」
「ユグルド侯爵令嬢、リリルフィア、楽しむものかはわからないけれど、良い経験になるといいわ。」
「眠くなりそうだもの、私には不要よ。」
ティサーナとレイリアーネへ御前を辞する礼を向け、メイベルにはヒラヒラと手を振られてから、案内の者の背を追う。
本来は許されていない場所へ入室することを許された高揚と、ティサーナへの許可のお零れに預かる形となった現状への“本当に良いのだろうか”という少しの後ろめたさ。しかしやはり機会に恵まれた幸運に胸は高鳴った。




