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殻破


スッキリとは言えないまでも、疲れの少ない目覚めに、最近では殆ど無かった夢を見ない眠りだったことに気が付いた。


自分の意志では起きられない不安感も、起きても鮮明に思い返すことのできる情景も、起きた直後にやってくる不快感も。今日は感じることなく朝の静けさを感じることができている。




「本日は調子が宜しいようですね。」


「私も驚いたわ。特にお父様から頂いた茶を飲んだわけでもないのに。」




私が起きてから間を空けず扉を叩いたリンダから見ても、私の様子が最近とは良い方面に異なることが分かったようで、顔を拭き髪を梳かれ朝の支度を整える最中に告げられる。


昨日は、特に変わったこともしていない。


早朝に兵たちを見送り、それから父と儀式に出席するため王城に向かうのだ。召集される兵たちも王城の見える場所に集められるのだけれど、準備や人数の関係から我が家の兵たちをゆっくりと見送ることができるのは早朝のみ。


そのために、無理矢理目を閉じて最近読んだ本の文章を頭の中で反芻していたくらいだ。それが良かったのだろうか。




「何にしても、本日のお嬢様であれば安心して兵たちも見送られることでしょう。誰もがお嬢様の身を案じておりましたので。」


「…案じるのは、私ではなく自分たちの身でしょうに。」




優しい我が家の兵たちの顔一人ひとりを思い出して笑みが溢れる。


兵たちと父の意向で早朝に見送る以外、特別なことはしないと言われて何でもない昨日の一日が過ぎた。偶々会った兵たちの一部からは、忠義の礼や覚悟の言葉を受けはしたけれど、それだけ。




「終わりました。」


「ありがとう。頼んでいたものも、用意できている?」


「勿論です。」




両手で肩幅ほどの箱を手にしたリンダを確認して、立ち上がる。日もまだ明けぬ薄暗い中で、私はリンダと私室を後にした。




「おはよう御座います。お父様、リオンお兄様。遅れてしまいましたか?」


「おはようリリルフィア。予定より準備が早かっただけだよ。」


「おはよう。」




見送る為に来た使用人たちが屋敷を出入りするための裏口で、父とリオンや見送りの為に居るのであろう使用人たちは、既に兵たちが乗る幌馬車の前に居た。


準備も滞りなく終えているらしく、兵たちも並んでいたので不安になったけれど父が笑って返してくれる。周囲に目を向けて、皆にも挨拶すると笑顔で挨拶を返してくれた。




「それで?リリルフィアは俺たちが何もしないって言ったのに、何を用意したのかな?」




父の視線がリンダの腕の中へ向けられ、皆の視線が集中する。その視線が迷惑そうでない事を慎重に見回して確認してから、私は気持ち胸を張って父に言葉を返した。




「そんなこと仰っていますが、お父様はハルバーティア伯爵家として支援を十全になさって居られることは知っております。ならば、私だって我が家を背に、国を背に戦地へ向かう彼らのために何か贈っても良いではありませんか。それにお父様たちの意向の通り、今日まで何も彼らにはしておりませんわ。」




屁理屈を述べる私に、誰もが笑顔を見せてくれる。


送る者たち、送られる者たち、互いが思い合って決めた“何もしない”という選択だったのだろうけれど、言葉で上手く彼らを送り出すことが出来そうにない私は、言葉の代わりに彼らへ贈り物をしたかった。


それに、からかうように指摘している父も以前、私が兵たちへ何か送ろうとしていることを知ってか『剣を振るとき、腕になにかあると邪魔になるよね。首も何か提げていると引っ張られて危ないし。』といきなりおかしな話題を出したこともあったのだ。


その時に私は父の許しは得たものと判断している。




「まあ、良いではないですか叔父上。リリルフィア、時間もあるし、皆に手渡したら良い。」




リオンの提案に、皆が顔を見合わせて少々賑やかになる。


一部の兵が「畏れ多い…!!」と言いながら期待した目をこちらへ向け、また一部の使用人が「良かったな!!」と言いつつ兵を睨んで。既に私が手渡すことが決定したような空気に、私は苦笑いでリンダに箱を開けるよう指示した。




「金の、紐…。」




呟きの聞こえた方へ目を向けると、兵たちが並ぶ端でアルジェントが体の横で片手の拳を握って立っていた。いつかアルジェントへ贈ったものと同じデザインと色合いのソレは、私の色というよりはハルバーティア伯爵家の色。


一つ箱から手にとって、私は一番近くにいた兵の一人ひとりに近づく。衣服で手を擦った兵は期待に目を輝かせているので、こちらも贈るかいがあるというものだ。




「ケイン・ヒュージ、貴方にこれを。」


「え、あ、名前…!!!!」




驚く兵を横目に、私は次の兵の名を呼んで紐を手渡す。一人ひとりに手渡していくと、渡された者たちが感極まった様子を見せてくれ、中には涙を流して「必ず戻りますっ…!!」と返してくれる者も。


特別私と近づく機会の無かった者でも、我が家の兵である以上名は覚えている。しかし本人たちからすれば思いもよらないことだったようで、紐の他に贈り物が出来たようだった。


そして一番端まであと二人。


ここまで来て、私に近かった者たちが偶然端で待っていたとは思えない。ソワソワと順番を待っているラングと、緊張した様子のアルジェントを見て、私は残り2つの紐を手にした。



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