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外殻


ビクリと二人は肩を揺らして、入室を躊躇うように互いに目を合わせた。




「お入りになって。何があったのか、話を聞きますわ。」




普段よりも丁寧な口調でいつの間にかラングの居なくなったソファを指して、入室を促す。そんな私に怯えながらも二人は扉からソファへ移動し、しかし座ることなくその場で直立する。


そして私、それから私の後ろに移動したラングへ目を向けて、二人は同時に頭を下げた。




「「ご迷惑をおかけいたしました…!!」」




その言葉を受けて、私はラングへ振り向く。怒りの様子を一切見せていない彼は私の視線に一つ頷いて、アルジェントとネルヴを呼んだ。




「気にしてない…けど!!二度とやらないこと!!特にネルヴ!!」


「は、はい!!申し訳ありません!!」




一段深く頭を下げて反省を態度で示すネルヴに、ラングは満足気に鼻を鳴らすと「俺はもういいです!あとはお任せしますね!」と私に主導権を渡してきた。


被害にあったラングが許したというのに、アルジェントとネルヴが顔を上げる様子はない。そのことに本当に反省しているのだなと感じられ、私は二人へ言葉を紡いだ。




「顔を上げて、座って頂戴。」




恐る恐る顔を上げ、私が手で示すソファへ二人して視線を向けているのに座らない。立ったままで良いと言わずとも感じる二人に「座ったら話すわ。」と追い打ちをかける。


ゆっくりと座る彼らが、寄りかからずともソファに腰を下ろしたことを確認してから私は口を開いた。




「その様子だと、喧嘩は終えられたと思っていいのね?」




頷く二人だけれど、その表情はふたりとも違っていて。


周囲のことを考える余裕もないほど怒りがあっただろうと聞いていたネルヴは、今はアルジェントを心配そうに、しかし何か期待の籠もった目で見えいる。一方のアルジェントはそんなネルヴや私達周囲の視線から逃げるように下へ目を逸らしていた。


その様子に、私はアルジェントがネルヴを許せていないのではと声をかける。




「アルジェント、言いたいことがあるのなら言ったほうがいいわよ?」


「い、いいいえ!!何も!無いです!!申し訳ありません!!」




首を横に振るその勢いに、誤魔化そうとしている気がしないでもないけれど正直に思っていることを打ち明けてくれるとも思えなかった。もしかすると、時間を改めてネルヴとまた話すのかもしれない。


そう考えていた私の耳に、ネルヴの「言ったらいいじゃん兄さん!!」と明るい声で背を押す言葉が入った。




「ネルヴ、少し黙って。」


「何で?さっき兄さん言うって言ったじゃないか!!リリルフィア様に「いいから少し黙ってろ!!」」




アルジェントが口を塞ぎ、抵抗するネルヴの姿はじゃれ合う兄弟そのもので。ネルヴが相手では口調の変わるらしいアルジェントは、しかし自身のその口調に気がついたのか「…申し訳ありません。」と何度目かの謝罪を口にした。


気にしていないと首を横に振って示してから、微笑ましい兄弟の様子を眺めつつ私は思考に拭耽る。


ネルヴに全て言いたいことを言えたのかと心配していたけれど、ネルヴの発言によって、どうやら言いたいことがある相手は私らしいことが知れた。




「…なんだか、隠し事が増えるわねえ。」




特に深い意味はなかった呟きだけれど、声に出してから自分の言葉に間違いがないことを改めて思う。


父、リンダ、ラング、アルジェント。周りの者たちが私に対して言えないことがあることを知ると、少しモヤモヤとした気持ちになる。けれど、それを言及出来るほど私は清廉潔白とは言えなくて。


思いを隠し、知る未来の可能性を隠し、様々な感情を隠す私には、皆をとやかく言える権利はない。とはいえ胸の内を曝け出すこともできず、従って周囲の隠し事を容認するしかない。




「お嬢、様。」




隣から細く私を呼んだコニスは、少しモジモジとして見せてから可愛らしく私の手を両手で持って振る。




「かくしごとは、仲良くなるスパイスって料理長さんが言ってました!!」


「ぶふっ!!!」




吹き出したのは勿論、ラング。


幼いコニスに、料理長は何を吹き込んでいるのよと思いつつ、私は笑顔を作ってコニスの話を聞く。




「隠し事があって、それが話せるようになったときに、もっと仲良くなれるって!!だから、隠し事は悪いことばかりじゃないんだよって!!」




無邪気なコニスの笑顔に私も釣られて自然な笑顔になる。


料理に対して並々ならぬ拘りとそれに伴う周囲への厳しさを持つ料理長の意外な一面に、その料理長の言葉を純粋に受け止めるコニスに、私の小さな悩みはクスリと笑って消し去られた。


まあいいか、と。




「ふふ。仲良くなれたら、皆から隠し事を聞けるのね?」


「はい!!」




つい、妹がいたらこんな感じだろうかとコニスの頭を撫でてしまう。


使用人との距離感が適切でないことを常々思いこそすれ、父も容認していることだし“今更だ”と考えの隅の隅に追いやって。


そうすることで、隠し事をしている周囲や自分の中にある想いを“無いことではない”と誤魔化した。



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