意外
「こんなの、傷の内に入りませんよぉ!!」
「もう薬を布に塗りました。無駄な抵抗はやめなさい。」
「痣くらいで!!」
「手当くらいで大袈裟な。」
「それは俺の台詞ですよぉおお!!!こんな小さな傷くらいで!!」
少々賑やかな自室。
上手く受け身を取ったらしいラングにはやはり目立った外傷は無く、ラングとリンダが言い合いながら確認しても新しくできたと思われる痣があったくらいだった。
手当を渋るラングにリンダを二人掛けのソファに座らせ、念の為と湿布を貼らせるのを対面で眺めながら、私はラングに問う。
「それで、喧嘩の原因を知っていて?」
私の声に、ラングはここに来るまでにも見せたように視線を彷徨かせる。私は彼の反応にやはりと息を吐いた。
「私に言えないことなのね。」
言えないような、重大なこと。もしくは私や父、私の身近な人たちに関すること。
それらでアルジェントとネルヴが喧嘩をする事態となるような出来事があったということは、私にも聞く権利はあるだろうと思うけれど、それでもラングが口を閉ざそうとするのなら、私が関わってはいけないか、関われば拗れるか。
ならば、と私はラングに別のことを問いかける。
「聞けないのなら、喧嘩の原因は省くとして…どういった経緯でラングが倉庫で倒れているなんてことになったのかくらいは、教えてもらえないかしら。」
負傷するような危険があった以上、少しでも事情を聞いて問題点は上げておかなければ、今回の当事者たちは反省しても他者が同じことを繰り返したときに、また対処に困ることになる。
私が真剣に問いかけると、原因を言うことは無かったラングも多くの目があった中で起きた騒ぎだったからか、自分が倉庫に倒れることになるまでの流れは教えてくれた。
「…アルジェントは元々俺たちと剣を打ち合っていて、その時にネルヴがアルジェントに話があるって訓練場に来たんです。リリ様に内容は言えないですけど…その話っていうのがアルジェントにはあんまり聞きたくない内容だったみたいで、訓練場じゃないと逃げられるからってネルヴが。」
それで倉庫の前で始まったらしい兄弟での会話は、『打ち合いを続けてた兵たちには聞こえなかったと思いますよ』とラングは言った。
しかし耳の敏いラングには会話が少し聞こえていて、段々と語気の強まるネルヴに二人が心配になって様子を見ようと近寄ったらしい。
「アルジェントは冷静だったんですけど、ネルヴはそれにも腹が立ったみたいで。兄弟だし、アルジェントは加減できるだろうなと思っても仲裁には入っとこうかなと思って、ネルヴを抑えようとしたら押されちゃって、コレですよう…」
何処か気落ちした様子を見せたラングに、私はネルヴがラングを振り払うなり突き飛ばすなりする様子を想像する。約十ほど歳が離れていることを思うと、“子供に倒された”と落ち込むのも分かる気がする。
「奇襲みたいなものでしょう?それに、体格差があるからこそ倒されることもあるらしいわ。」
立っている状態から相手を突き飛ばすと想定して、体格の近い者同士だと肩を押すことが普通だろう。そうすると、押された者は腰を反らして衝撃を和らげる。しかし、身長差があり体格の小柄な方が相手を押すとき…ラングとネルヴだと押す場所は腹辺りになるはずだ。そうすると人は腰を折ってバランスを取ろうとするけれど、当たった衝撃は逃げにくく、ひっくり返ってしまうこともあるのだとか。
それを軽く説明すると、ラングは座ったまま肩や腹を自分で押してみて「確かに!!」と驚きと関心を見せていた。
「体格を大きな相手を転ばせる為には、重心を低くすると良いらしいわ。それに今回ラングはいきなりネルヴに押されたのだから、足を下げて抵抗することもなかったでしょう?落ち込むことはないわ。」
聞けないことを聞くつもりはない。経緯を聞いていたところから、いつの間にか自身が何故身長差のある相手に押し負けたのかという疑問の解決に話が移っていたことに気が付いたのだろう。
ラングは頬を掻いて窓に視線を逃した。
「アルジェントとネルヴの喧嘩はまあ…言えないこと多いですけど!!リリ様が心配することじゃないので!!」
「貴方達がここを離れるまで二日しかないのよ?それなのに喧嘩だなんて、心配しない方がおかしいわよ。」
どれだけ心配でも、どれだけ不安でも、当日には兵たちの健闘を祈って送り出さなければならないというのに。息を吐く私に肩を縮めて「すみません…」と謝罪するラングへこれ以上説教じみたことを言うつもりはない。
「今回の騒ぎはラングが原因ではないのだから、そんなに謝る必要はないわ。今は、アルジェントとネルヴがきちんと話し合いできているかが問題よ…」
部屋でラングの手当をし、話をしてしばらく経った。私が介入したことで話し合いを終えれば部屋に来るだろうと思っていたのだけれど、彼らはきちんと話せているだろうか。
扉へ目を向けて、叩かれないかと待っていると、不意に手に暖かさが籠められた。見ると私よりも少し小さな手が私の手に乗っていて。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
眉を垂らすコニスに、私は自然と笑みを向けていた。
歳の近い使用人として、ネルヴを心配しているのはコニスだって同じだろうに。その生い立ちからか、彼女の元々の性質からか、おそらく両方だろうがコニスは他者の感情の機微に敏い子だった。
「大丈夫よ。ありがとう、コニス。」
乗せられた手を握って、癒やしを感じること数分。
扉が叩かれ姿をあらわした銀髪の兄弟に、私は満面の笑みを向けた。




