裏表
父との茶会の後、私は夕食の時間までと思ってリンダを伴い庭へ出る。
季節の草花が丁寧に手入れされ、美しく咲いているその姿を見ると自然と気持ちは安らいだ。鳥の囀りや風の音を聞いていると、他国との戦争が控えているとは思えないほど平穏で。同時に、この平穏な空間こそが誰かによって護られているものなのだと感じる。
その“誰か”の中に、明後日からは私の知る者たちが加わろうとしているのだから、無関係ではいられないというものだ。
「お嬢様。」
「なあに?リンダ。」
後ろからの声に振り向けば、真っ直ぐに私を見るリンダが居て。彼女は一度何かを言葉にすることを躊躇う仕草を見せたかと思うと、時折高い金属のぶつかり合う音がする方向へ目を向けてから口を開いた。
「宜しいのですか。」
何が、とは明確に示さないリンダだったけれど、言いたいことは分かっている。彼女や周りも、特に私の気持ちを伝えてある父は特にだろうが、目の前に迫る別れに私が何も行動を見せないことに対して様々な感情を抱いているようだ。先程の休憩時に父が何も言わなかったのは、私が何も言おうとしていないからだろう。
私は風で視界に入る髪を耳に掛けながら、先程リンダが見た訓練場の方へ目を向ける。
彼が居るかはわからない。けれど、剣の交わる音は姿を見せない彼を連想させる。それはつまり私やリンダの中でアルジェントは、既に剣を扱う兵になっているということで。
私は瞼を閉じて、父と数日前に交わした言葉を思い出す。私の心の全てを言葉にした、嘘偽りのない本音だった。リンダも、それを耳にしている。
「決めたことだから。」
自然と、柔らかな笑みが浮かべられた。ぎこちなさも気負いもない私の笑みを見てか、リンダがあの日の父と同じような表情をする。カルタムとの茶会の後、父に本音を告げたときのあの眉を垂らした表情。
「お仕えする身である私では、お嬢様のお考えの全てを窺い知るには至りません。ですが…ですがお嬢様のお心を閉ざす必要がどこにあるのですか。お嬢様はこれまで、ハルバーティア伯爵家の為と成し得たことが多くあるではありませんか。これ以上に…」
唇を噛む彼女は、自身の言葉が侍女としての領分を逸脱している事を自覚しているだろう。だとしても言葉にする彼女の想いが私には嬉しかった。
私の心を、リンダだけではない、多くの者たちが拾ってくれようとしている。
「ありがとう。でもねリンダ、それほど自分を押し殺し続けているとは思っていないのよ。残念ながら、誰かのためだけに動けるほど清らかな令嬢でもないし。」
私はリンダの眼差しから逃げるように彼女に背を向ける。決めたことを、そんなにも問い直されると覚悟が鈍ってしまう気がして。
「それに、迷惑でしょう?」
相手が言葉を受け入れてくれるのかなんて言ってみなければ分からないけれど、自分の想いを言い逃げのように別れる相手に告げることは、卑怯な気がした。
私の言葉にリンダが何か返すかと思ったけれど、彼女は一言「お嬢様が、そう仰るのであれば。」と全く納得のいっていないような声で言うものだから、私は笑って一歩踏み出し、庭の散策を再開する。
しかしリンダの言葉はそれだけでは終わらなかった。
「つまりお嬢様から動かれるお考えは無いということですね。」
「ええ。」
至ってシンプルな解釈に、私は頷いた。私の反応にリンダも頷き返して、何処か意味ありげに口角を上げる。
「畏まりました。」
「…余計なこと、と言うのは失礼かもしれないけれど、意に反することをさせようとしては駄目よ?」
私が動こうとしないのならと、何らかの行動を他者に求めそうな予感がして、振り向いて軽く釘を刺す。しかしリンダは先程までの私を慮るような表情は幻か何かだったかのように目を細めて笑っていた。
「大丈夫です。」
「…不安だわ。」
私が周りの心配を振り切るようにして自分の意志を通している手前、リンダに強くは言えない。それに残りも今日を過ぎれば一日しかないと考えると何が出来るだろうとも思って、私は深く言及することはしなかった。
一旦会話が途切れたので、私は再びリンダに背を向けて歩こうと踏み出す。その直後。
「なに、今の。」
耳に届いたのは多くの金属が何かに打ち付けられたような音。次いで、人々の声も微かに聞こえてきた。
もしも危険なら、私は音のした方向へ行くべきではない。しかし聞こえる声は切迫したものではあるが、侵入者などの外的危険とは感じられない。
「…行ってみましょう。」
騒がしさの原因が気になった私は、リンダに提案する。断られることも考えていたが、リンダは私の予想に反して一つ頷いた。
未だ音のしている方へ、訓練場のある方向へ私達は駆けた。




