頃刻
戸惑う父たちの姿を暫く眺めていたけれど、ふとカーテンの隙間から差し込む光が目に入った。
「貴方達もすることがあるのだから、部屋へ戻って。お父様も、お戻りください。」
言葉を交わして私の体調が最悪のものではないと確認できたらしい父は、「今日は安静にしているんだよ。」と言い残して素直に退室していった。
ネルヴも今日は昨日から仕事を任されているらしく退室し、残すはカルバとリンダ、そしてラングとアルジェントだけとなった。
「お嬢様、何か飲み物をお持ち致します。」
「お願いできるかしら。」
リンダの声に頷いて、寝たままだった私はカルバに頼んで体を起こさせてもらう。
「旦那様のこともあるしの、今日はベッドから出ないほうが良いでしょう。」
「でも、眠るのは…」
カルバの言葉に少し躊躇する。体は睡眠を欲していても、私の精神は眠る恐怖を引き摺っていた。慌ただしく人が出入りしていたこともあってカルバに伝えることができていなかったが、そもそも私が呼吸することが難しくなった原因は夢にあるのではないかと私は思っている。
夢の内容を省いてカルバへ“恐ろしい夢を見ていたら、起きた途端息が出来なくて怖かった”というような説明をした。
私の説明にカルバは「それは、恐ろしかったのですなあ…」と眉を垂らして私の頭を撫でてくれる。小さな頃から私の健康を気遣ってくれているカルバの歳を重ねた手が好きで、撫でられると父とは違った安心感を得られるのだ。
「リンダが持ってくるお茶を飲んで、それでも眠ることが怖かったら…その辺の暇そうな奴とお話すると良いですじゃ。」
カルバの視線が向いたのはラングとアルジェント。
暇ではないだろう、暇では。そう思ったのにラングも、アルジェントまで首を縦に振ってカルバの助言に同意しているではないか。
「リリ様の護衛が俺の仕事ですし、自分の身辺整理は済ませています!リリ様のおかげで隣の屋敷の管理も人に任せてますし!」
“イエニスト子爵の屋敷”が“隣の屋敷”と、なんだか我が家主体となっているとこは気にかかるけれど、ラングは私の護衛を全うするため我が家にも部屋を持っていて、殆ど子爵邸には戻っていない。
笑顔で言い切るラングに息を吐いて“本人が言うのなら”と話し相手になってもらおうとしたとき、未だ開いていた扉から「失礼します!」と兵が一人顔を出した。
「ラング宛の荷物が届いているとイエニスト子爵邸の者から連絡がありました!こちらに持ってくるのも難しいほどの大きさだとか。…至急だとさ。」
「えぇ!!でも…」
私に用件を、そして今すぐとの旨をラングへ告げた兵に、ラングは私と兵を交互に見て眉を垂らす。
“至急”と言われているのなら、相応にラングの指示か何かが必要な事態なのだろう。渋る様子を見せているラングに「行かなきゃ駄目でしょう。」と首を横に振って示した。
「うぅぅ…早く戻ってきますね!!」
「別に急がなくてもいいのよ。寝てるかもしれないもの。」
「起きてるかもしれないじゃないですか!!」
何としてでも私の話し相手になりたいらしい。
兵に引きずられるようにして連れて行かれる間際、扉の辺りで「アルジェント、リリ様をよろしくぅうう!!」と大袈裟に私をアルジェントへ頼み、連れて行かれた。
「相変わらず喧しいのお。」
呆れとも笑みとも受け取れる表情で自身の口髭を撫で付けたカルバは、「よっこいせ」と掛け声と共に姿勢を正して、一度アルジェントへ目を向けてから私へ柔らかな笑顔を向けてくれる。
「それではお嬢様、何かあればすぐにお呼び下され。今日は読書はお休みですぞ。」
「分かったわ。ありがとうカルバ。」
礼を言う私に、ふぉふぉと声を立てて笑うと、カルバは来たときの俊敏さが幻だったかのようにゆっくりと退室していった。
パタンと扉が閉まる音がして、部屋の中には私とアルジェントを残すのみ。
賑やかだった室内が一気に静かになり、アルジェントは所在無さげに部屋のあちこちを見回している。
「アルジェント、あまり異性の部屋を観察するものではないわ。」
「申し訳ありません!!」
ピシリと直立して固まったアルジェントが可笑しくて、クスクスと笑いながらベッドの側にある椅子を示す。普段私が着替えや靴を履くときに使ったり、こうして私が起きられないとき父たちが見舞ってくれるときに座るものだ。
座るよう指示していることを察したアルジェントは一歩踏み出した。けれどそこで一度扉へ目を向けてから、何故か踏み出した足を戻してしまった。
「話し相手になってくれるのでしょう?」
「えっと、それは…」
彼の戸惑いも理解できなくはない。
ラングと私がこの部屋で二人きりだったことで、騒ぎなったことが最近起きたのだから。そしてそれを目の当たりにしたアルジェントは、その後からどうなかったか。
こうして会話をするのは久しぶりで、あの日のことを誤解しているのかいないのか分からないけれど、周りからどう見えるのかを理解しているからこその迷いだろう。
暫し視線を彷徨わせたアルジェントは、それでも逃げるでも扉を開けに行くでもなく、ゆっくりとベッドへ近寄ると、椅子に腰を下ろした。
「話し相手もそうですけど、お嬢様に、話したいことがあるんです。」




