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定める白昼


木々を揺らす風と共に、雨粒がサンルームの窓を打つ。昼間でも暗く重たい曇天は、ここ数日晴れる気配も無く空に居座り続けている。




「リリルフィア、飲まないの?」




かけられた声に前を向くと、首を傾げる父。ゆっくりとカップを手に取って口を付け、香りと温かさを感じてから、茶を含む前に唇を離した。


私が飲んでいないことに気がついたらしい父は、茶と私を見比べて眉を垂らす。




「申し訳ありません。…飲める気分ではなくて。」




息を吐いて、茶器の乗せられたワゴンがある場所へ視線を向ける。そこには先程まで無駄のない動きで茶を淹れてくれていたリンダが居て、心配そうにこちらを見ていた。


父が私に茶を飲もうも誘う時には必ず居たアルジェント。彼の姿を見なくなって数日になる。


初めは父に彼の所在を聞いていたけれど、肩を上げて『“無礼を働いたから”って、誘っても来ないんだ。』と三日ほど同じ理由を聞いてからは聞くことを辞めた。




「こんな雨の日だから、体が冷えては風邪を引いてしまうよ。少しでも、無理?」




私の身体を心配してくれる父に促され、少し口をつける。温かな茶が喉を通って、体に巡るような心地を感じると、短く息を吐いた。


一口だけのそれを見て、父が安堵の表情を見せる。それだけ私が父に心配をかけているということが感じられ、背を押されるように一口、また一口と茶の嵩を減らしていく。




「ほら、菓子も食べられたら食べて。料理人たちが体調の優れないリリルフィアを心配して、食べやすいものを用意してくれたらしいから。」




プリン、ゼリーなどの喉を通りやすそうなものから、飴を纏わせた果物やキャラメルなどの口に含めば溶けるだろうものまで。


重くない菓子たちに、作ってくれた者たちの気遣いが伺えた。




「食事も残すし、部屋から出ることも少ないし。そろそろ、そこのラングが泣きそうなんだよね。」




振り向けば、父以上に情けない表情を見せるラングが居た。なにか言いたげだけれど、言おうとして何も言わず別の何かを発するような仕草を見せる彼は、ここ数日休み無く私の側に居る。


ここまで周りの者たちを心配させて、何も聞くな、何も話したくない、と壁を作るのはあまりにも身勝手に思えて。けれど、自分でも整理がついていない心の内をどう話せばいいのか、と考えていると父から「ほら、また。」と声がかかる。




「リオンが言っていたこと、もう忘れたの?」


『隠さなくていい。何でも言っていい。余計なことは考えなくてもいい…と言いたいところだがリリーにそれは無理なようだから、考えていることも言ってくれ。一緒に考えるから。』




優しくて、甘やかしてくれて、更に甘えろと言ってくる家族たち。


忘れていない、と首を横に振って示し、私は深く息を吸ってから息を吐くように一つ、言葉を紡いだ。




「私の“これ”は叶えるべきものなのかと、考えていたのです。」




心のなかに、ずっとある“この”感情。


笑顔を見るたび嬉しくなって、泣きそうな顔を見るほど苦しくなって、そんな彼と共に居られればと願うこの感情。




「私はきっと数日すれば、今の不調も無かったように元気になりますわ。」




アルジェントとの関係が、変化してもしなくても。


食事を摂り、父と茶を飲み、菓子を口にして、リオンと読書に耽ることもするだろう。そうして、私の生活は平常に戻っていくのだ。


彼が、私と離れたとしても。




「我儘を口にしていいとお父様もリオンお兄様も言ってくださいました。けれど私にとって大切な人は多く居て、勿論欠ければ苦しくなる者たちばかりですわ。…アルジェントも、差が無いのです。」




特別だと思った。周りからもそう指摘された。


だから私にとってアルジェントは紛れもなく他とは違う存在なのだと、確かに思うのに。




「きっと私は、私以外の方がアルジェントの隣に居たとしても笑顔を向けることができますわ。」




手を伸ばすことをしないだろうこの感情は、焦がれることのないこの感情は、本当に特別だと言えるのだろうか。


溢れそうだと思ったけれど、他者に知られてしまえば押し込めてしまえると、知ってしまった時には自分も呆気にとられた。きっとアルジェントがこの場にいたとしても、私は平気で彼と会話をしようと試みそうなくらいだ。




「じゃあ、そんなに悩んでいるのは何?」




平気だというのなら、どうして今苦しそうなのだ。父は眉を寄せて首を傾げた。


私は父が用意した茶の入ったカップに指を滑らせる。視界に入る菓子も、配慮の行き届いた食事も、今は喉を通りにくい。


私は瞼を閉じて、今まで数日考えていたことを口にした。




「デビュタントを終えて暫く。戦争を前にしている状況ですから、周囲も社交を控えておられました。だから目を逸らしていられたのですわ。」




本来ならば、不自然さに気が付くべきだった。


私に届く手紙はメイベルたち同性の友人ばかりで、これまで関わってきた異性からの手紙は全くと言って良いほど無い。そんな中で、デビュタントを終えてから今まで定期的に届いていた一人の異性からの手紙が、まだ届いていない状況。


世間話や友好的な内容の手紙であったそれが、デビュタントを堺に無くなったとなれば、その異性に相手が出来たと考えるのが普通だ。だから、届かなくてもあまり気に留めていなかったのだ。


一つ父に確認したいと思ったのは、彼がデビュタントを祝う日に私に向けてくれた言葉があったから。




「お父様、カルタム様からの手紙を、お隠しではありませんか?」




突然変わった話の内容に、父は私でもわかるほど動揺を見せた。目を見開き、サッと視線をそらした父に、私は続ける。




「私、カルタム様にお会いしようと思います。」




それは暗に、婚約を考えるということで。


周囲に居た者たちからの動揺が伝わり、ラングの叫びが部屋に響き渡る中、私は自分の意志を口にすることで逃げ場を断った。



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