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一投の暁


目が覚めて一番最後の記憶と場所の異なる見慣れた天蓋に、思わず掛け布を引き上げて視界を塞ぐ。


痛みも和らぎスッキリとした頭は、熟睡できたことを証明していて。暗闇から浮き上がるようだった目覚めに、夢を見なかった安堵の息を吐いた。


誰かが側にいる時の眠りは、自室で目を閉じるよりも穏やかなものだと思っていたけれど、今回は特にその傾向が強い。




「…それは、そうよね。」




自制の効かない幼子のように、眠る直前の私はリオンの問いに対して素直だった気がする。途中までは自身が何を話していたのか記憶があるのだけれど、先の記憶は曖昧で。返された言葉たちも、霞が覆うように定かではない。


そんな失態だが、数度続けば立ち直りも早い。やってしまったという溜息を一度吐いて、私はゆっくりと体を起こした。


すると、誰も居ないかと思っていた自室の隅で物音がし、天蓋の外から声がかかる。




「お目覚めですか。」


「リンダ…私どれくらい寝ていたの?」


「半日ほどです。」




随分と寝ることができたと頷いたけれど、そこで私は動きを止める。


家族との茶会の途中でリオンに頭を撫でられながら眠りに落ちたと記憶している。そこから半日ということは、既に日は跨いで朝が近いということだ。




「流石に寝過ぎよね…」


「そのようなことは御座いません。…今は旦那様もリオン様もご就寝になられています。いかが致しますか?」




睡眠を欲した体が私を目覚めから遠ざけていた、ということにして私はリンダの問いかけに思考を巡らせる。動き出すには時間が早く、先程まで夢も見ることなく熟睡できたのだ、再び眠るには難しいとリンダも察しているらしい。私は天蓋越しに薄暗い部屋を見て、歩けないほどではないことを確認した。




「…少し庭を歩こうかしら。私が寝ている間、リンダは側に居てくれたのでしょう?夜警の兵かラングに護衛を頼むから、貴女は休んで。」




ベッドから降り天蓋を抜けながら言うと、リンダは暫し考えを巡らせた様子を見せてから「畏まりました。」と頷いた。


部屋を出る支度をしようと自分を見ると、身軽な服にリンダが着替えさせたてくれていたようだ。夜着とも部屋着とも言えるようなそれにリンダがストールを肩に掛けてくれる。彼女がそうするということは、この格好で庭を出歩いても問題は無いのだろう。身を清めることなく熟睡していたこともあり軽く清めてから部屋から出ると、私と開かれた扉に気がついた護衛が私へ礼をする。




「何時もと違って申し訳ないけれど、庭を歩きたいの。」


「お気になさらず。勿論、お供致します。」




笑顔で散歩を了承してくれた護衛が、リンダが開けていた扉を代わりに開いて私達を室外へ促す。リンダとは部屋の前で別れ、護衛と夜の寒さが感じられる庭へ出た。


柔らかな風が頬を掠める。ストールが無くとも歩けたように思える暖かさは、社交シーズンに合わせて王都へ到着してからの時の経過を感じさせた。


まだ寒さのあった時期に王都へ到着して、穣喚の儀へラングとアルジェントが参加し、デビュタントを祝う場では予期せぬ事件が起きて。


三月と経たずにあらゆる出来事に直面したかと思えば、開戦の兆しが知らされてからまだ数日しか経っていないのだ。




「あら?音が…」




ぼんやりと王都へ来てからのことに思いを巡らせていれば、耳に届いたのは高く硬い音。足を止めて音のする方へ目を向けた私に、護衛を務めてくれている兵が「もう自主訓練をしている者たちが居るようです。」と教えてくれた。


庭から続いている兵たちの訓練が出来る開けた場所。ハルバーティア領ほど広くはないけれど、兵たちが打ち合いを行えるくらいには場所が確保してある。


熱心な者は誰だろうと足を進めることにしてそちらへ向かうと、穣喚の儀や兵たちの訓練で聞いたことのある剣の合わさる音だと分かった。近づくほど大きくなるその音と、何やら言い合う声が聞こえた。




「…喧嘩?」


「この声は…」




兵と顔を見合わせて、剣と声の正体を目にするために足を早める。


木々の間に作られた小道を通り、訓練している様子が見えるかと思ったその時、大きな声に思わず足を止めた。




「そんなこと、僕が!!一番わかってます!!!」




今まで聞いたことのないほど大きな声。同時に響いたギィンッという耳を塞ぎたくなるほどの音は、剣が弾かれたものだろうか。


聞こえた声はアルジェントのものだったが、相手も状況も読めず困惑する。その間にも、こちらの存在に気付いてはいないアルジェントとその相手は会話を続けていた。




「なら何でっ…」


「ラングさんみたいに!何でも言えるような人ばかりじゃないんです!!それにっ」




相手はラングだ。二人が喧嘩しているなんて何事か、それに剣を交えながらとなると怪我の恐れもある。そう考えて取り敢えず仲裁に入る為、私は一歩踏み出した。




「お嬢様の、負担になりたくないっ…!!」




パキリ


アルジェントの叫びと、私が小枝を踏んでしまった音。同時に発せられたそれだったけれど、ラングが耳聡く小枝の折れる音を聞き取ったらしくこちらを向く。




「リリ様…?」





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